ゲー廃 雨音R4

              //移動 部室

「兄貴、5限なんで来なかったの?」

放課後になって、雨音が追試のために飛び出していったのと入れ違いで、フウをおぶったナツがぷんぷん怒りながらやってきた。

「雨音の追試がちょっと危険な感じでな」

「……ヘンなことしてないよね」

折れる折れる痛えよ。

「もしもしアキ、兄貴ヘンなことしてなかった?」

俺の腕を思いっきりロックしたまま器用に電話をかけるナツ。

『変なことはしてなかったよ。

……ちょっと距離が近かった気がするけどね』

あっアキお前……。

「ふーん……兄貴、雨音ちゃんお気に入りだもんねー……」

笑顔が怖い。

『姉さんもそろそろ兄さん離れしなよ。

兄さんももう年頃なんだから火遊びくらいしたくなるでしょ』

お前は母ちゃんか。

「そうなの兄貴」

ナツがどす黒いオーラを纏って聞いてくる。

「……犬みたいでほっとけないってだけだ」

「私も犬みたいにすれば兄貴に構ってもらえる?」

「大事な妹だ、なにもしなくたって可愛がってやる……から、その首輪をしまえ」

どこから出した。

ナツが諦めて俺から離れる。

「兄貴ゲーム強い人好きだもんね。雨音ちゃんかわいいし、タイプでしょ」

『兄さんはその見境のないスタンスをどうにかしないと父さんと同じ人生をたどることになるよ』

お前は母ちゃんか。

「兄貴はお父さんの遺伝子濃いからねー、女好きだし」

『まだ貞操が残ってるのが不思議なくらいだよ』

そこまで言うか……。

「ヒモになるくらいなら私と結婚しようよ、一生養ってあげるから!」

目がハートマークだ。正直怖い。

今のところはノーとだけ言っておこう。

「それよりアキ、頼んでおいたデータはどうなった」

俺が話を振ると、電話の向こうでキータイプ音が聞こえた。

『用意したよ。兄さんのデバイスに送ろうか』

「ああ、頼む」

すぐに俺のスマホが震えた。

「……よし、問題ないな」

「なにそれ。……テストの問題?」

俺がスマホに表示させたデータを覗き込んだナツが言う。

「ああ、今雨音が受けている追試の解答用紙だ」

『頼んだくせになかなか受け取りに来ないから、もう使わないかと思ってたよ。

今更どうすんの、それ。もう追試始まってるんでしょ』

アキが息を吐く音がスピーカーから漏れる。

「はじめから使うつもりはなかったよ、このデータは」

『どういうこと?』

「5限の時間、俺は雨音と授業サボって勉強を教えていたわけだが」

「勉強とかって言ってアヤシイことしてたんでしょ」

そんな目で見るな。

「当然、直前でできることは限られているわけだ。

だから“ヤマ当て”を使って時間を短縮した」

「ヤマ当て?」

「ああ、テストに出る問題をあらかじめ絞っておいて、そこだけを重点的に勉強する運ゲーだ。

とは言っても、コツさえ掴めば8割くらいは成功する。

雨音もバカ正直だから、俺が指示した部分だけ何も疑わずに詰め込んで行った」

「そんな便利な方法があるならはやく教えてよー!」

              //シェイク

やめろ揺さぶるな酔う。

「そうやって便利だっつって使いすぎるから人には教えたくなかったんだよ。

言ってしまえば不正スレスレの方法だからな。

学校側からしたら、テストというものの趣旨に反しているわけだから」

テストの内容を範囲だけ指定して隠すのは、教科書の内容をまんべんなく学ばせるためだ。

楽な方法で点数をとってしまえば、そんなものはただのチートになってしまう。

俺が言うと、ナツは諦めたように息を吐く。

「そのコツを使って問題を絞って、そこだけを重点的に鍛え上げたってわけだ。

このテストデータは、ヤマ当てが正確かどうかを確認するために吸い出してもらった。

見当外れだったときには、また別の手を回す必要があったからな」

今回はほぼ完璧に合っていたし大丈夫だろう。

『それならこのデータ通りに教えてやればよかったじゃないか。

わざわざ兄さんがヤマ当てで絞る必要なんてないでしょ』

アキの気だるそうな声が響く。自分の仕事があまり役に立たなかったことが不満だったのだろうか。

まあそうしても雨音は、俺の言った問題だけをむりやり詰め込んで試験に挑むだろう。

無垢というか純粋というか、不正というものを知らないタイプのやつだからな。

だからこそ、あまり卑怯な手段は使いたくなかったというのが本音だ。

それでも、やはりあまり褒められた方法ではない。ラインすれすれの裏ワザだ。

「ゲームってのははじめからクリア方法がわかってちゃつまらないだろ。

謎解きは当然のこと、レースだろうがパズルだろうが、はじめから『こうすれば100%勝てる』っていう正攻法を教えられても、なにも面白くない」

「はあ、兄貴はテストのヤマ当てでさえゲームにしちゃったってことね」

『兄貴のゲーム脳にはぼくもさすがについていけないよ』

呆れられてしまった。最近兄としての威厳がなくなってきてる気がするな……。

『ところで兄さん、そのコツっていうの教えてよ。

無駄な時間が削れるならぼくも覚えておきたい』

プログラム関連であちこちから依頼が飛んでくるアキは、勉強時間を作業の合間に作っている。

「ダメだ、まっとうな方法で点数取れ」

「けち!」

「けちじゃないだろ……そもそも気合で頭にぶち込めば記憶力だけで90点は取れるヌルゲーなんだぞテストってのは」

「私は兄貴みたいにぶっ壊れた記憶力ないの! ちょっとくらい教えてよーちゃんと勉強するから~!」

甘えた声でナツが言う。

「……ったく、わかったよ。さっき使ったヤマ当てだけ教えてやる」

「やったっ」

俺が折れると、ナツが跳ねる。

『兄さん、ちょろい』

男であれば誰だってこうなるだろう。

「ずばりヤマ当ては何かということだけ教えておくか。

『出題者の意図を読み取ること』だ」

「???」

いきなりナツが両目をハテナマークにしている。

「雨音の追試を例にしてみるが――まず“追試”というのがどういうものかわかるか」

「テストで赤点とった人がもう一回試験受けることじゃないの」

「大体そんな感じだな。救済措置ってわけだ。

その救済措置でくそ難しい問題がでてくることはありえないよな」

ナツが頷く。

「これでヤマ当ては終わりだ」

「えっ」『えっ』

電話口からのアキの声までシンクロする。

「えっじゃなくてな、これでヤマ当ては終わりなんだ。

これだけで大半の問題を削れただろ」

「んー? んん~~???」

ナツはいまだに納得がいかない様子で唸っている。

「難しくない問題を出す――つまり過去に出題した問題を出すってことだ。

まったく同じことはないにしろ、最低合格ラインの60点は取れるような問題を出すはずだろ。

そう考えたら、本試験で出た問題が6割を占めると考えるのが妥当だろう」

「なるほど……」

「そうなったら、その6割を徹底的にやり尽くせば合格は確定っていうわけだ。

まあ今回、雨音が試験を受けるってことであまりに不安だったから、それ以外のヤマ当てもやっておいたんだが」

「そっちも教えてよ、これじゃ追試にしか使えないじゃん!」

ナツがぶーぶー文句を言い出す。

「……あとは出題者である担当教師のクセ、教科書の練習問題のばらつき、あらゆるデータから大まかに問題を絞って、あとはカンに頼るだけだ。

言ったろ、これは出題者の意図を読むゲームだ。

自分が出題者ならどんな問題を出すかを想像するゲームだと思え」

『簡単そうに言うけど……普通できないでしょそんなこと』

「だから使うなって言ってんだ。リスキーすぎるからな、こんなことする暇があったら普通に勉強したほうが早い」

俺は必要ないが、依頼でたまに使うおかげで的中率は上がっている。

「勉強に関してはフウがいるんだから教えてもらえばいいだろ」

爆睡しているフウを撫でながら言うが、ナツは首をぶんぶん振った。

「お姉ちゃんなのにそんな情けないことできない!」

すでに情けない姿晒してんだろ。

「フウは、ナツ姉に頼ってほしいなー」

薄目を開いたフウが言うと、ナツは嬉しそうに抱きついた。

「んー、フウがそう言うなら仕方ないかー、いっぱい頼っちゃおうかなあ」

調子のいいやつだ。

 

              //小カット

              //ドア開

「春賀、やったよー追試終わったー!」

ゲームをしていた俺に雨音が飛びかかってくる。

「早かったな、大丈夫だったのか」

雨音が握り締めていた答案を見ると、全教科合格点ギリギリの点数だった。

「……うん、まあ、いいか」

丁寧に折りたたんで雨音に返すと、ぎらぎらに輝いた目で雨音が言う。

「遊ぼ、春賀っ」

「時間見ろ、もう下校時刻だ、明日な」

「えー、いいだろ、ずっとゲームしてなかったから溜まってるんだ」

雨音が頬を膨らませて不満を言う

「仕方ないだろ、帰るぞ。

休日にいくらでも付き合ってやるから」

「うー、絶対だぞっ」

              //移動 廊下

「ナツは次の休み予定あるか?」

「あー、私依頼で女子サッカー部の助っ人行くんだよね」

そういやそんなこと言ってたな。

「じゃあ無理か、フウは?」

「アキとあそぶー」

ふたりとも休日は家から出たがらないしな。

「じゃあふたりでゲーセンでも行くか、好きなだけ相手してやるぞ」

前を歩いていた雨音が変な顔で振り向く。

「何だ変な顔して。ゲーセンじゃないほうがいいか」

「あ、いやそうじゃなくて……」

なんだかもじもじしているが。

「なあナツ、最近雨音の様子がおかしいと思うのは俺だけなのか」

「知らなーい。自分で考えれば?」

大体こういうときはナツも機嫌が悪い。

「兄貴のばか」

かるく殴られる。

フウは俺の背中によじ登って首を絞めだすし、もう何がなんだか。

 

              //移動 自宅

少し遅くなってしまったが、夕飯を作るか……。

「ハル兄おなかすいたー」

我慢できなくなったフウがキッチンに入ってくる。

「こらフウ、キッチンには入るなと言っただろ危ないから」

「フウもお手伝いする」

珍しいな。

「よし、ならば立ち入りを許そう。

いいかフウ、キッチンは戦場だ。ゲームするときと同じ覚悟をしておけ」

「んー」

なんか危ないが大丈夫か……。

「フウは何が食べたい」

「ハンバーグ! カレー! あとね、あとね」

フウの好みはだいたいこんな感じである。

「どれかひとつにしろ……カレーは時間がかかるからハンバーグでいいか」

「んー、ハンバーグ!」

露骨にテンションが上がる。

食材は無駄にあるし、ナツが文句たれないくらいの量は作れそうだな

              //小カット

「フウが料理なんて珍しいな、何かいいことでもあったか」

種をこね回しているフウに言う。

「ハル兄がわるいんだよー」

何でだ。

「ハル兄が、デートで浮かれてるから」

デート?

「雨音とデート」

「で、デートって……そんなんじゃないだろ」

「デートだよー。雨音ばっかりずるい」

フウが怒るのも珍しいな……。

「……ハル兄は、ずるい。雨音がかわいそう。

雨音は、ずっとハル兄のこと好き」

フウが手を止める。

「ハル兄は、どうしてなにも言わないの」

「……」

「ハル兄だって、もうわかってるの、フウ知ってるよ」

フウにもナツにも、気づかれているのだろうか。

「俺は別に、そういうのは――」

「フウたちのこと、心配しなくていいよ」

フウが優しく言う。

「フウは、大丈夫。ナツ姉も、大丈夫。アキも、フウがいるから大丈夫。

ハル兄、フウのこと、すき?」

「……ああ、俺はお前たちのことは大好きだ。何があっても」

「じゃあ、雨音にも、言ってあげて。

フウは、知ってるから。雨音は、知らない」

「……フウ」

面倒くさがりのフウがこうして口数多く話すときは、俺が迷っていたり悩んでいる時だ。

機微に鋭いフウは、言葉足らずでも俺を支えてくれる。

「ありがとな、お前には助けられてばかりだ」

汚れていない手で頭をなでてやると、いつもの幸せそうな顔で喉を鳴らす。

「わかった、俺ももう決めたよ」

眠そうなフウを抱き抱えてソファに寝かせる。

明日……俺も色々な意味で勇気を出さなければな。

 

ゲー廃雨音R3

              //一週間後くらい 5日目

              //教室

「兄貴―ごはん行こ!」

昼休みに入るや否や、夏樹が振り向いて俺を食堂に誘う。

「もーお腹すいたよー授業ってなんでこんなに長いの」

お前は大体常に腹減ってるだろ。

いつものことなので、適当に受け流して食堂に向かう。

              //移動 廊下

「あー、そういえば雨音が昼誘えっつってたな」

雨音はここ一週間部室に入り浸ってゲームばかりしていたのだが、俺たちが兄弟で揃って昼食をとっていることを知ってなぜかぷりぷり怒り出した。

「あたしもゲームしながら昼メシ食べたい!」

俺らでもしてねえよそんなこと。

              //小カット

雨音の教室前に来たのだが――。

「……なんだあいつ」

「固まってるね」

変なところを見たまま固まっている。

「おい雨音」

「――!」

俺が声をかけると、すごい勢いで振り向く。

「春賀~~~!」

泣きながら俺にすがりつく雨音。

こりゃ犬モードだな。

「雨音ちゃん、どうかしたの?」

「……これか」

雨音の机の上に裏向きで広げられていた紙をめくってみると、結構やばい点数の答案用紙だった。

「先週のテストのだね……どうやったらこんな点数取れるの」

同じく点数がよろしくなかったナツでさえドン引きするレベルである。

「春賀~、あたし実は、本当は、勉強苦手なんだよ~!」

「知ってるが」

「知ってるよ」

俺とナツが綺麗にハモって言うと雨音はさらに顔を崩す。

「このままじゃ追試も赤点だよ、たすけて……」

周りの目も気にせずわめきだすものだから、腰に巻き付いている雨音を引っ張りながら教室を出た。

 

              //移動 食堂

食堂に連れてくる間になだめておいたが、ここまで来ると本当に飼い犬をしつけている気分だ。

「勉強教えてくれ!」

雨音がもごもご飯を頬張りながら言う。

「わかったからとりあえず口の中を空にしてくれ」

フウも合流してちまちま食っているが、すぐに食事を終えて寝てしまうだろうな。

「当然ながら依頼料をもらうことになるが」

雨音に確認を取ると、形容しがたい顔で頷いた。

「うん、うん、そうだな、まあ、仕方ないよな、うん」

自分に言い聞かせるように雨音が呟く。

「依頼を受けるのは俺だが、まあ今回の依頼内容ならフウの出番だな」

「? 何でだ、冬花は1年生だろ」

雨音が首を傾げる。

「たぶんこの学校内ではフウより頭のいいやつはいないぞ」

「……そんなに頭いいのか」

ただ少し懸念はあるんだが……まあとりあえず今回の依頼はフウに任せよう。

「ということだがフウ――」

「Zzz」

すでに落ちていた。

「……まあしかたないな、とりあえず放課後、部室に来い」

「ん!わかった!」

しかしこいつよく食うな……ナツと同じくらい食ってるぞ。

「やっぱりここのメシはいいな。いくらでも食べれる!」

この学園の食堂は美味しいと有名なのだ。

「だよね、私もここ入ってご飯の量増えちゃった」

前から多かっただろ。

「……まさかとは思うが」

嫌な予感がして聞いてみる。

「雨音お前、食堂で高校選んだってわけじゃないだろうな」

「そだよ」

「いやいや兄貴、さすがにそんなこと――えっ」

「どこ行ってもおなじなら、メシうまい方がいいだろ!

ここの食堂のために必死に勉強したんだぞ」

恐ろしい執念だ……。

「まあでも、その気合がここで出れば追試もこなせるだろ」

「兄貴、私にも勉強教えてよ」

ナツもやはり点数がやばかったようだな。

「じゃあ雨音といっしょにフウに教えてもらえよ。ちょうどいい」

「えー、兄貴が教えてよー」

「いや俺が教える必要ないだろ、フウのほうが――」

「やだやだー兄貴がいいー!」

おいこらくっつくな。

「あ、あたしもできれば春賀に――」

              //チャイム

「なんか言ったか、雨音」

予鈴に重なって雨音が何か言った気がしたが……。

「い、いや、なんでもない、うん! なんでも!」

雨音が手をぶんぶん振りながら慌てる。

「そ、それじゃ、放課後な、頼んだぞっ」

顔が赤かったが大丈夫かな。

「俺らも行かないとな、授業遅れる」

「そだね、行こ」

「Zzz」

どうするかねこの毛虫は……。

 

              //移動 廊下→教室

フウが起きないので1年の教室まで背負って連れてってやったのだが……。

「おかげで大遅刻だ、あいつめ」

「あたしが行けばよかったかな?」

「わざわざお前が行ったら教師からの評価が下がるだろ」

「兄貴が怒られるよりいいじゃん」

お前はただ単に目立ちたいだけなんじゃ。

「……それより、ちゃんと授業受けておけよ、ほら」

ナツをつっついて前に向けると、担当教師が目の前でにっこりと笑っていた。

「あなたたち堂々とおしゃべりとはいい度胸ね」

「あはは……はは」

「夏樹さん、春賀くん、39Pの問2を黒板に書いてください。

できなかったら課題追加だから」

夏樹が固まる。

「……俺がやるか」

仕方ないな。

「春賀くん、あなたいつも寝てばっかりでテストもいまいちだったわよね。

「はは、まあ。妹の評価を下げられるわけにもいかないですしね」

教科書をパラパラとめくりながら軽口を叩く。

「今更教科書見てもわからないでしょ」

「そうですかね」

黒板に数字列を並べて席に着くと、数学教師の彼女が唖然とする。

「……間違ってたか」

周りが少しざわつく。

クラス替え直後であまり知り合いはいないものだから、他の人に確認することもできない。

「え、ええ、合ってるわ、あなたこんな難しい問題解けるの?」

「テンプレにあてはめるだけの問題ですし、ナツでも解けますよ。

……それで、課題は増やされることになるんですかね」

「……次から私語はないようにね」

なんとかなったか。

「兄貴、ありがと」

やれやれ、クラス内でもあまり目立ちたくはないんだが。

 

              //チャイム

「春賀くんって頭よかったんだね」

「なあちょっとさっきの問題教えてくれよ」

「こことかもわかる? 教えて!」

授業が終わったあと、何人かのクラスメートに声をかけられた。

さっきの授業で無駄に目立ってしまったか。

「授業中ずっと寝てるからあんな頭いいなんて思わなかったわ」

「というか普通に怖い人だと思ってたよね」

「変な部活やってるしな」

俺このクラスでそんな風に思われていたのか。

「兄貴はいまから部活だから、また今度!」

ナツが俺の腕を取る。

なっちゃん、ちょっとだけお兄さん貸してよー」

「だめ! いまから私が勉強教えて貰うんだから」

ナツはクラスメートとも仲がいいから盛り上がっている。

俺はただのコミュ障だからな……人との会話は苦手だ。

「春賀ーっ!」

雨音が飛び込んでくる。

「やるぞっ早くっ」

どうやら気合は十分のようだな。

「あの子いつも来てるけど何なんだ?」

「春賀くんもう彼女いたんだ、ちょっとショック」

「通い妻だな」

やめろ。

「依頼だ依頼、こいつの成績が絶望的すぎてな、すまないがお前らに教えるのはまた今度だ」

「いっしょに教えてよ」

「依頼は2つ以上受けないのがルールなんだ、こいつの追試が終わるまでは勘弁してくれ。

……というか、そんなに難しくないだろこれ。教科書40Pぶん暗記するだけで簡単に解ける」

何人かが教科書をめくる。

「暗記って、春賀くん授業ずっと寝てたのにいつの間に」

「40Pくらいならすぐに覚えられる」

「すぐって……先生に怒られてたあのときに覚えたの?」

驚愕の声が上がる。

「兄貴は一回覚えたことは絶対に忘れないんだよ!」

なぜかナツが自慢げに胸を張る。

「じゃあテストとか余裕じゃねーか、ズルいなそれ」

俺の周りでクラスメートが騒ぐ。

「春賀ぁー」

放置していた雨音が裾を引っ張る。

「ああ、すまんな雨音。じゃ行くか」

尻尾が寂しそうに揺れている幻覚まで見えたが、俺が頭を撫でると嬉しそうに飛び跳ねる。

完全に忠犬になったな、これでボールでも投げればちゃんと取ってくるだろう。

「お幸せにね!」

やめろ。

              //移動 部室

クラスメートたちに別れを告げて部室に移動した。

「フウも来たな、じゃ任せたぞフウ」

「んー」

あんまり乗り気ではなさそうだが……大丈夫かな。

              //小カット

ところが30分ほどで雨音が音を上げだした。

「ダメだ、春賀っゲームやめろよ気が散る!」

どうやら俺のゲームが気になって集中できないようである。

「……ここでやるのは間違いだったな」

って、いつの間にかフウが寝てる。

「冬花の教え方も難しくてわからないし、春賀ーもうだめだー」

机にぐでーんと伏せる雨音。

やはりフウでは無理だったか……。

覚醒中のフウならわかりやすく教えていたかもしれないが、今はいつも通り眠そうな毛虫モードのフウだからな……。

「仕方ない、俺が教えるか」

貴重なゲームの時間を削ることになるが、依頼だしな。

ゲームの電源を落として、雨音の隣に座る。

「さて、これから俺が教えるのは勉強じゃない」

俺の隣に座り直したナツが不思議そうな顔をする。

「なにするの、兄貴」

「俺みたいに記憶力があれば、教科書見るだけでもある程度はできる。

だが苦手なやつにとっては勉強っていうのはそんな簡単なものじゃないだろ」

ナツがうんうんと頷く。

「ところがそんな勉強を簡単にする魔法みたいな方法がある」

カンニングだね!」

ナツが得意げに言うので、デコピンで黙らせる。

「……おい、雨音どうした」

なぜか雨音が固まっていた。

「はる、春賀っ、近いって」

雨音の顔が真っ赤になっている。

「茹でダコみたいだな。どうした、熱でもあるのか」

様子が変だったので顔に手を当ててみると、異常に熱かった。

「~~~~」

「風邪か? おい雨音、体調が悪いなら――」

「なんでもっ、なんでもないっ! あんたっ顔がっ、顔がっ!」

顔?

「俺の顔に何か付いてるのか」

「近づくなっやめろ!」

俺の胸元を押して距離を取ろうとする雨音。

「あんたの近くにいると頭がおかしくなりそうだ」

何がなんだか。

「ちょっと兄貴、早く教えてくれないかなあ」

左腕にもの凄い圧力が掛かっている。

なんでナツも怒ってるんだ……。

「……魔法とは言ったがこれは誰でもできるわけじゃない。

所詮勉強であることには変わらないからな、本人のモチベーション次第だ」

まだ顔の赤い雨音を見ると、慌てて気合を入れ直す仕草をする。

「気合はあるようだし、さっさと始めるか。

まずは一番やっかいな数学だな」

「Zzz」

おいナツ寝るな。

「数学が一番苦手なんだ……」

雨音が早速気合を削がれたように顔を歪めている。

「俺はそうは見えないけどな」

「? どういうことだ」

「雨音、俺と前勝負したスト2の1フレームは何秒だ」

「1/60秒だろ、そんなの」

「そうだな、じゃあお前の持ちキャラが弱昇竜打った時にかかるフレーム数は全部でいくつだ」

「えーと47だな、発生4で判定18で硬直が23だ」

「な、それだけ計算が早けりゃ数字には強いってことだ。

さらに言えばそれだけコマンドフレームを正確に覚えているってことは記憶力も十分ある。

お前は頭がいい」

俺が言うと、雨音の目が輝く。

「ぜんぶフレームだと思え。頭の中でコマンドを組むだけでいい。

お前がやるのは勉強じゃなくてゲームだ、頭の中で格ゲーするだけだ」

雨音がうずうずしている。格ゲーの話をしたから体が疼いているのか。

「あとは数学に関しては公式を覚えることだな。

難しいゲームを攻略する方法を知ってるか」

「そんなの、クリアできるまでひたすらやり続ける!」

「まあ、間違いではないが……。

基本は、テンプレートに嵌めることだ」

「テンプレート? そんなの、あたしは使ったことない」

「ああ、これもお前とやった初代ぷよ○よを例に出させてもらうが……。

お前の戦略、あれの基本は何だ」

俺が使った『デスタワー』と違って、雨音は『究極連鎖法』という戦略を使っていた。

これは決まった型がなく、NEXTブロックを見て臨機応変に組み方を変えるという変幻自在の連鎖法だ。

「究極連鎖法だけに限らないだろ、あんたが使ったデスタワーだって、最初の2手のパターンを――」

雨音が気づく。

「だろ。ぷよ○よは最初の2手を必ずテンプレに嵌める。たった64パターンだ。

こういう感じで、どんなゲームにも必ずテンプレは存在する。

スト2にだって、鉄板コンボみたいなテンプレはあるだろう」 

「そうか、なるほど……」

「状況に応じて記憶しておいたテンプレを引き出すのがゲームだ。

数学だってまったく同じだろ、公式っていうテンプレを引っ張り出して、それに嵌めるだけ。

な、ただのゲームだろ」

「なるほど! なんか簡単に思えてきた!」

単純でよかった。

「ねえ兄貴、なんか私よくわかんないんだけど」

ナツが耳打ちしてくる。

「まあ、わからないだろうな。適当なことしか言ってないし」

「えっ」

俺が雨音に聞こえないように言うと、ナツが声を上げる。

「だいたい、勉強はゲームほど面白くないだろ。こんなの適当以外の何ものでもない」

「じゃあなんで……」

「お前は効かないタイプだから教えても構わないかな。

勉強において一番の壁は苦手意識だ。

これがなかなか曲者でな、一度苦手と思うとなかなかうまくいかない。

俺はその壁をとっぱらってやっただけだ。暗示みたいなもんだな」

「……つまり、また詐欺まがいのことをしたってこと?」

人聞きの悪い言い方をするなって。

「効きやすいやつはだいたい根っからのバカでクソ真面目な、まさに雨音みたいなやつだ。

もともと雨音はゲームでも抜群の集中力を持っていたし、ステータスはそこまで酷くはないはずだからな」

「んー春賀、なんか言ったかー?」

自分の名前を察して雨音が反応する。

「いや、お前が追試をこなしたら褒美でもやろうと思ってな」

「ほんとか! よし、やったっ」

やはりこれも抜群だったか……。

「犬を躾るには餌をちらつかせるのが一番ってな」

「……兄貴、性格悪いなあ」

ナツの好感度ダウンか……。

「ま、性格が悪くたっていいんだよ。これが雨音のためになるなら」

教科書とにらめっこする雨音を見ながら言う。

「それだけでなんとかなるのかなあ」

ナツが不安そうに言う。

「勉強なんてのは言い方が高尚すぎるんだよな。

記憶力だけでいくらでも高得点が取れるただのクイズゲームだ。

お前にだってできるぞ」

「兄貴みたいな記憶力があればねえ……」

ナツに言うと、苦笑いが返ってきた。

 

              //移動 通学路(夕)

「雨音、お前追試までゲーム禁止だ」

雨音は世界の終わりのような顔をしていた。

「なんだその顔……それくらい気合入ってるんじゃなかったのか」

「う……そ、そうだなっ追試までの間くらい余裕だっ! それくらいの覚悟はある」

自信満々に言うが泣き顔だ。

「ま、終わったら好きなだけゲームさせてやるよ」

「1週間かあ……」

肩を落とす雨音をしっかりフォローしておいた。

「じゃあ、追試終わったらゲーセン行こ! ゲームショップにも行こう!」

雨音がはしゃぐ。

「わかった、だが結果がダメなら褒美はなしだ」

「まかせろ、完璧にやってやるっ」

これだけ気合があれば大丈夫だろう。

「兄貴、結局なにも教えなかったけど大丈夫なの?」

「俺にできるのはこのあたりまでだろうしな……。

それに、たぶんこいつは俺が教えなくても十分なキャパシティがある」

「フウもそう思うよー」

俺の背中で寝ていたフウが口を開く。

「雨音はできる子。ゲームうまいし」

フウも俺と同じ答えらしいな。

「まあ俺は教えるのが面倒なだけだがな」

「兄貴……」

ナツは呆れていた。

 

              //一週間後 6日目

1週間雨音の面倒を見てきたが、やはり犬のようなやつだった。

              //小カット

「春賀ーっ! メシ行こっはらへった!」

              //小カット

「春賀っ新作のゲームがすげーんだ、知ってるかっ!」

              //小カット

「春賀っはるかっ宿題やってきたぞ、丸つけて!」

              //小カット

ことあるごとに俺のところに来るから休めない。

「おーい春賀、すまんここ教えてくれね」

おまけに以前目立ったせいでクラスメートがいまだに課題を聞きに来たりする。

俺の休み時間が削られていくのである。

まあ、その分授業中しっかり寝かせてもらっているがな。

「はーるかーっ」

「お、嫁さんが来たぞ、俺はあとで教えてもらうわ」

嫁いうな。

「あれ、なんか疲れてる?」

「大丈夫だ。メシ行くか」

「ん、行こ、夏樹は?」

「今日は別のやつと食うってよ。あいつは友達多いからな」

「そか、じゃあふたり……だけだ、な……」

ん、何か雨音の様子が。

「どうした。……顔が赤いぞ」

よく赤くなるやつだ。

「あ、あんたのせいだよっ」

人のせいにするなよ。

              //移動 食堂

「しかしお前ほんとよく食うな……」

雨音の目の前には5,6人前くらいの食事が置かれている。

「そうか? あんたが少なすぎるんだろ」

俺も毎食2人分くらい食べるから結構な量あると思うが。

「昔から父さんにたくさん食べろって言われてたからなあ」

「うちの親父も言ってたな……おかげでナツはお前と同じくらい食う」

もごもごと口を動かしながら、雨音がむすっとする。

「あんたはいっつも夏樹のことばっかりだな」

「お前がナツと似てるせいだ、仕方ない」

「仕方なくない! 夏樹がいないときくらい、あたしだけ見て――」

ぶわっと赤くなる雨音。

「あわわわやめろっ聞くな忘れろっ!」

「やっぱりかわいいなお前は」

「~~~~」

頭を抱えて顔を伏せてしまった。

「犬みたいで」

「うるさいっ!」

真っ赤な顔のまま雨音が吠える。

「ほら冷めるぞ、さっさと食べろ」

「あっうん」

雨音ワンコには、ひとつのことに気を向けるとほかのことを忘れるという特徴がある。

食堂のオバちゃん謹製の豪勢なランチに気を取られて、雨音の真っ赤な顔が一気に通常モードに切り替わった。

「今日は追試だろ、調子はどうだ」

「ん、ばっちりだ! あんたのおかげでな」

自信満々だがすごく怪しい。

「……持ってきて正解だったかな、一応これをやってみろ」

アキに言ってプリントアウトしてもらった模擬テストを渡す。

「おっけー! よーし」

昼休みはまだあるし、間に合うだろうな。

「できたぞ、春賀っ!」

ほどなくして雨音が声を上げる。……やけに早いな。

              //小カット

「お前は一週間何をしていたんだ……」

いかん、頭痛がしてきた……。

「これじゃさすがに赤点不可避だ」

採点した答案を雨音に渡すと、自信満々な顔をしていた雨音の顔が綺麗に青くなる。

「あわわわわわわわ」

混乱した雨音がなぜか答案用紙をビリビリに破り捨てる。

「うおーっおい何やってんだ!」

見直せば追試に有利になったというのに……。

「あわわわわわわわ」

主人を見失った飼い犬のようだ。

「とりあえず落ち着け……あんまり使いたくはなかったが、この手を使う」

そう言うと、雨音はやっと俺に向き直る。

「多少お前の性分に合わない方法かもしれないが、我慢しろ。

これもテストというゲームにおける正当な攻略法だ。

とりあえず、5限はサボりだ。移動するぞ」

移動しながら説明し、5限の時間内にみっちりと俺の指導を受けてから、雨音は追試に挑んだ。

ゲー廃雨音R2

//ドア開

              //廊下→中庭

              //一枚絵ワンチャン

雨音はちょうどフウが寝ていたところで膝を抱えていた。

「雨音、忘れ物だ」

声をかけてみるが、びくっと震えるだけで顔は上げない。

「……暗くなる前に帰れよ」

一言だけ置いて帰ろうとすると、ズボンの裾を引っ張られる。

「……なにも、聞かないのか」

雨音も俺たちにおかしいと思われているのに気づいていたようだ。

仕方ない、すこし付き合ってやるか。

「……俺の親父はな」

雨音の隣に座る。

「本当にクソみたいなやつで、しかも女癖が酷い。

おかげで俺たち4人は兄弟でも全員母親が違うんだ。アキとフウは双子だが」

手はまだ放してくれないらしい。

「そんなクソ親父だが、何でもできる人でな。

今も理系大学の知人と研究室に篭って何か開発してるらしい」

「なんで今、そんな話」

雨音が顔を上げずに言う。

「昔よく親父とゲームしたんだ。これがもう本当に強くてな、俺じゃ歯が立たなかった」

雨音が顔を上げる。

「俺も昔は未熟だったし、悔しくてずっとゲームばっかりしてたんだ。

それでも勝てないくらい、親父は強かった」

「……」

「俺もお前みたいに塞いでたことがあった。そんなときに親父が言ったんだ。

『お前が何のためにゲームしてるのか、もういちど考えてみろ』ってな」

雨音が俺を見つめている。

「なあ雨音、お前は何のために戦ってるんだ?」

俺が問いを投げると、雨音は再び俯く。

「あたしが、戦う理由――」

雨音がそこまで勝ちに固執する理由……同じゲーマーとして、当然その気持ちはわかる。

だが、雨音のそれはすこしベクトルが違うような気がする。

「……あんたは」

雨音が俺の腕を掴む。

「あんたは、あたしが勝てない理由を、知ってるのか。

あたしの、どこがいけないんだ、あんたは――」

「……さあな、俺が親父に勝てなかった理由は、そもそも親父が異常に強くて俺が弱かっただけだ。

お前は十分強い。あとは自分で探すしかないんだよ」

雨音の顔が陰る。すこし厳しいかもしれないが、自分で気づくしかないのだ。

「ま、そう落ち込むな。いずれわかる時が来る」

……そういえばナツもこうして落ち込んでいた時があったな。

思い出して、雨音の頭を撫でてやる。

「なっ、おっ、おい何やってんだっやめろっ!」

真っ赤になって雨音が騒ぐ。

「あ、すまん何か犬みたいで」

「~~馬鹿にしやがって! やっぱお前には絶対に負けたくない!」

雨音が憤慨して立ち上がる。

「いいか、月曜日だ! 首洗って待ってろ!」

雑魚キャラみたいなセリフを吐いて去っていった。

とりあえず、元気出たみたいだしいいか……。

              //移動 廊下→部室

              //ドア開

              //ソフト10本、スト2、桃鉄、初代ぶよ、ボンバー5、マリカ、ワギャンカービィボウル、きらきらキッズ、パネポンパワプロ

              //このへん。使うのは最初3つのみ

「兄貴おかえり! ゲームしよー」

フウがくっついたままゲームをしていたナツが俺を迎える。

「そうだな、雨音との勝負もあるし相手してくれ」

「おっけー! 何やる?」

「んーそうだな……とりあえず7本だな」

俺が勝負用に選んだ10本の中から、7本を取り出して並べる。

「こっちの3つはどうするの?」

「ああ、そっちはとりあえず置いといてくれ。よし、やるぞ」

不思議そうな顔をするナツを尻目にコントローラーを握る。

それから昨日の反撃のようにひたすらナツをボコボコにして、下校時刻を迎えた。

 

              //移動 リビング

夕食後。

「そうだフウ、明日明後日、ちょっと付き合ってくれ」

勝負の下準備のためにフウに声をかけておく。

「んー、なにするのー」

「ゲームだ、特訓に付き合ってもらおうと思ってな」

「ゲームならいいよー」

「兄貴―、休日は私ともたまには遊ぼうよ」

「ま、今度な。明日は勘弁してくれ」

「むー」

むくれるなよ。

さて、あとは――。

              //移動 アキ部屋

「アキ、すまんちょっといいか」

相変わらず寒いなこの部屋。

「ぼくに兄さんの悪巧みの手伝いしろって言うんでしょ」

悪巧みと言うか。

「まあ、別に断る理由もないしね。何すればいいの」

我が弟はすばらしいツンデレである。

「そうだな、とりあえずこれを集めてほしいんだが」

俺が紙にメモしたリストを見せると、アキは怪訝な顔をする。

「……こんなに集めて、何企んでるのさ」

「ま、それは月曜のお楽しみってとこだ。

資金は口座から落としてくれていい。それと――」

俺が持ってきたソフトを渡して、いくつか頼む。

「――できるか」

「誰に聞いてんのそれ。できないわけないだろ」

まあできると思ったから頼んだんだがな。

「さすがだな。じゃ任せたぞ」

よし、これでほとんど仕込みは終わりだな。

あとは俺自身の力をどこまで伸ばせるか……。

もう少し気合を入れておかないとな。

 

              //週明け 4日目

決戦の月曜日。

テストを終えて教室で待っていたら、案の定すごい速さで雨音がやってきた。

「春賀っ、この時を待っていたぞ!」

騒ぐなと言っていたはずなんだが。

「あっ……は、春賀ごめん」

俺が注意する前に気がついたらしく、叱られた犬みたいに萎んでいた。

躾の甲斐があったか……。

「はやくっ行くぞ!」

待ちきれないらしく、雨音が俺の腕を引っ張る。

散歩中の犬とかこんな感じになるよな……。

「おい引っ張るな、ゲームは逃げねえんだ落ち着け」

              //移動 廊下→部室

「さて、まずは1戦目のソフト選びだな」

事前に決めておいたソフト10本を並べる。

「これを箱の中に入れるから、お前が1本ずつランダムに引いてくれ」

用意しておいた箱にソフトを入れて、かるく振る。

スーファミのソフトは多少衝撃を加えても壊れたりしないからすばらしい。

「よーし、何でも来い!」

「おい、中を見るなよ、ちゃんとランダムに引っこ抜け」

「わかってるよ、んーっ」

そうして無作為に選ばれた1つ目のゲームは、ナツにボコボコにされたスト○ートファイター2。

「スト2か、ふっふ、これはもらった!」

雨音がすでに勝ちを確信している。

「よし、じゃあ早速始めるか」

いかんな、久々の強敵に震えが止まらない。

スト2は3ラウンド制で、先に2勝した方が勝者となる。

ナツとの特訓を生かせるか……あまり自信はないな。

              //小カット

勝負はあっけなく終わった。

「あたしの勝ちだ! やっぱりあたしには勝てないんだよ、春賀!

あたしが一番強いんだ!」

たった一勝ではしゃぐ雨音はめちゃくちゃ嬉しそうだ。

やはり強いな……本気で挑んだつもりなんだが。

「どうした春賀後がないぞ!」

そりゃ3本勝負だからな……。

「仕方ない、次いくぞ。ほら選べ」

先ほどの箱を雨音に差し出す。

「よーし、この勢いでっ!」

勢いよく引っ張り出したソフトはスーパー桃太郎○鉄DX。

日本列島をすごろく盤に見立てたゲームだ。

プレイヤーは鉄道会社の社長になって、サイコロやカードを使って設定された目的地を目指す。

途中で土地の物件を購入したりして資産を増やしていき、最終的に最も資産が多いプレイヤーの勝ちだ。

スゴロク盤には土地のマスの他に、所持金が増えるプラス駅、所持金が減るマイナス駅、特殊な効果を発揮するカードをもらえるカード駅などがある。

「期間は5年、まあプレイ時間で言ったらだいたい20分ってとこか」

「よーし、余裕余裕!」

さくさくっとプレイヤー名と順番を決めてゲーム開始だ。

最初の目的地は新潟。スタート地点の東京から10マス程度の場所だ。

「ま、最初はサイコロ振るしかないもんな、よーしいくぞ」

慣れた手つきで設定をいじってアマネ社長が走りだす。

順番が変わって俺のターンだ。

「……? どうした春賀、なんでそんなゆっくりして」

「んー、まあ気にするな、久々なんでいろいろ確かめながらやってるだけだ」

まごついた操作をしている俺に首を傾げる雨音。

そうしてサイコロを振った俺は、プラス駅に止まり、いくらかの資金を得た。

この駅に止まると、ルーレットで貰える金額が決定する。

「……」

まあ、最初の年でこれならぼちぼちだろう。

次の雨音のターン、アマネ社長はあっさりと新潟に到着した。

「よーし幸先がいい! これで新潟の物件はぜんぶあたしのものだっ」

プレイヤーはスタート時に1000万円を持って出発する。

目的地に止まると多くの報償金を得ることができ、新潟はその報償金だけで物件を買い占めることのできる土地だ。

「独占で収益2倍! ボロ儲け!」

アマネ社長はご機嫌である。

「春賀、最初の操作でまごついてるようじゃあんたに勝ちはないっ!」

「……ふ」

俺が思わず声を漏らしてしまうと、雨音はすこしたじろいだ。

「雨音、このゲームはほぼ運で決まると言われている。

だが上級者は何があっても100%に近い確率に勝てる。

……この意味がわかるか」

雨音のドヤ顔が曇る。

「まあ見てろ。……残念ながらお前に勝ちはない」

              //小カット

「なんなんだ、あんたのその引き……ありえない」

あれから俺は、サイコロの目も有利なものばかり出し、カード駅でも異常な引きで有利なものを手に入れて圧倒的な勝利を手にした。

「それが有り得なくないんだよな、お前は知らないかもしれないが」

「あんた、一体なにしたんだよ!」

「このゲームは裏システムが存在する」

そろそろネタを教えてやるか。

「初心者優遇システム、なんて言われていてな。

スタート時の操作で不慣れな手つきをしたプレイヤーが異常に優遇されるというシステムだ」

雨音が絶句する。

「意図的にそのシステムを引き出したってことか……」

「100回程度の試行でデータは揃ったからな。そこまで難しくもなかった」

しかし勝利の理由はそれだけではない。

「それから、このゲームは1年ごとにインフレ、デフレの値が設定されていてな。

プラスやマイナスの値に影響しているんだ。

これが15パターンのテーブルに分かれているから、俺は年の初めに必ずプラス駅に止まって見極めていた」

俺がプラス駅に止まった回数は、年度初めの4月に止まった5回のみだ。

「ま、このあたりは保険ってところかな」

「まだ何か仕込んでたのか……?」

「ああ、ゲームには乱数ってものが存在してるだろ」

雨音が頷く。

「アキにその乱数値の動きを解析させた。

あとはそれを自分が有利に働くように調整するだけで、カードも出目も思いのままってことだ」

「乱数調整を自力でやったってことかよ……! 補助ツールがなきゃ不可能なはずじゃ――」

「完璧な調整は不可能だが、ある程度はできるさ。

あとは純粋に俺の運が良かっただけだな」

雨音が騒いでいるが、とりあえずこれで1勝1敗。

「ラストだ、引け」

俺がもう一度箱を突き出すと、雨音は恐る恐るソフトを取り出す。

……自然とにやけてしまうな。ここまで思い通りにいってくれると。

「最後の勝負はぷよ○よ――無印だ」

誰もが知っている大作パズルゲーム、その初代バージョンである。

「さすがにお前も知ってるだろ。このゲームの真髄」

のちのナンバリングで採用された『相殺』――相手の連鎖によって送られてくるお邪魔ブロックを、連鎖によって減らすというシステム。

それが初代のこのゲームには存在しないのである。

「最速で5連鎖を組んだ方が勝てる、単純なゲームだ。

それゆえに純粋な連鎖力だけでなく、戦略が試される」

簡単な話、致死量となるお邪魔ブロックを送ることが出来る5連鎖を、相手よりはやく作った方が勝てる。

まあ、そこまで単純なゲームではないんだがな……。

「勝負は5本先取だ。

……ラストバトルにまで来てしまったが、これで最後だ。準備はいいか」

「いつでもいい! 来いっ」

最後の勝負が始まる。

画面の左右で色とりどりのブロックが積み上げられていく。

「――よっし、最速っ!」

相手に致死量のお邪魔ブロックを送る最速手は11手とされている。

雨音はその11手で5連鎖を完成させていた。

「甘いな」

同じく俺も最速手。ただし――。

「なっ、2連鎖っ!?」

このゲームでは5連鎖の他にも、致死量を送る方法がある。

4連鎖目に2色を同時に消す「4連ダブル」、3連鎖目に3色を同時に消す「3連トリプル」。

これらはすこし難易度が高いと言われているが、俺がやったのはさらにその上――。

「2連クアドラプル――2連鎖4色同時消しだ」

「で、デスタワー……」

この2連4色消しは別名「デスタワー」と呼ばれており、初代ぷよ○よにおいて最も難易度が高く、使いこなせば無敵になりうる最強の連鎖法だ。

同時に連鎖を開始した俺と雨音は、当然ながら連鎖の短い俺のデスタワーが先に連鎖を終えた。

先に5連鎖――致死連鎖を組んだ方が勝つというのは多少間違いがある。

正確にいえば、『先に致死連鎖を終わらせた方が勝つ』。

2連鎖で致死連鎖を組んだ俺は余裕で1ラウンド目を勝利し、その後も難なく勝ち星を集め――。

ほどなく、雌雄は決した。

 

              //小カット

「は、はは、負けた。やっぱ、あんた強いんだな。

あんた、やっぱり」

負けて放心している雨音は、小さくつぶやいている。

「これで満足か、勝負は終わりだ」

「……」

問いかけると、雨音はまだ悔しそうに唇を噛んだ。

「兄貴、あんなにぷよ○よ上手かったっけ?」

「いや、一昨日までは俺もここまで早くデスタワーは組めなかった」

「それじゃ、どうやって」

雨音も俺の勝利に疑問を抱いていたらしい。

「雨音、このゲームにおける最短手は」

「……11手」

「そう、11手。最終的にブロック数は22個になるよな。

そしてブロックの色は全部で4色。

これは全てランダムに選択されて出てくるわけだが――組み合わせは何通りある?」

「えー……っと、????」

計算が苦手なナツは頭から煙を上げている。

雨音もオーバーヒート寸前だ。

「4の22乗――まあざっと18億ものパターンがある。

ただ、現実的に出現するパターンはこのごく一部だ。

ま、大体100万パターンくらいかな」

「――まさか」

二人が驚愕する。

「そういうことだ。土日を使ってひたすらフウにやらせた。俺はそれを後ろから見て、おおよそのパターンを記憶したってことだ」

「あんた……本当に人間かよ」

失礼なやつだな。

「今回ばかりはさすがに俺も苦労した。

何せNEXTブロックが出るたびに、100万の中から当てはまるパターンを一瞬で引き出さなきゃいけないわけだからな」

「で、でも兄貴、ぷよ○よは今さっき勝負に使うって決まったんだよね。

それなのになんでそんな大掛かりな……」

「この箱、見てみろ」

さっき雨音がソフトを引き抜いた箱を渡す。

「何が――って、何これ、中身ぜんぶ同じ!?」

中にはぷよ○よ無印のソフトが7本――雨音が引き出したものと合わせて8本ある。

「はじめから、雨音がこれだけしか引けないように仕込んでたってことだ」

「でも、その前の勝負は? これじゃ3戦とも同じゲームになっちゃうんじゃ」

「箱は3つ用意したんだよ」

俺が棚に隠していたもう2つの箱を見せる。

「2回目に渡した箱の中には、桃鉄だけしか入れていない」

箱を逆さまにすると、同じラベルのゲームがばらばらと落ちる。

「これもアキに頼んで、全て仕入れてもらったってことだ」

仕込みの多さに二人は口が空いたままだ。

「俺の懸念は、最初の1本目にだけあったんだ。

最初に雨音が2/10の確率でぷよ○よか桃鉄を引き抜いていたら、仕込みなしの勝負になっていただろうな。

勝負は始まる前に8割決まる――この箱が、まさにその8割だった」

「……なんだよ、それ」

雨音が肩を震わせている。

「卑怯じゃないか、そんなの! そんなので負けたのか、あたしはっ……馬鹿にしやがって、くそ、くそっ!」

「……苦労はしたが、この2本は、確実に勝てると見込んで選んだソフトだった。

だがもしこの仕込みが不発だった場合も、俺はお前に勝つ自信はあった」

「うそだ、スト2ではあたしが勝ったじゃないか」

「それだけだ。他の9本、勝つ自信はある。

この仕込みは、勝負を磐石のものにするためのものにすぎない」

雨音がギリギリと歯を食いしばる。

「くそっ、くそっ!」

              //ドア開

逃げ出してしまった。

「兄貴、ちょっとやりすぎじゃ……」

ナツが不安そうに言う。

「……探してくる」

              //移動 廊下

たしかに、少し仕込みすぎたかもしれないな。

雨音はフェアな勝負を望んでいただけだ。

とはいえ俺も負けたくはない。勝負のために手段を選ばないのは、どの世界でも決して間違いではないはずだ。

              //移動 中庭

以前と同じ場所に、雨音は座り込んでいた。

「雨音――」

「あたしはさ、春賀」

俺が声をかけると、雨音が話し出した。

「あんたのとこと違って、父さんはすごく弱かったんだ」

夕焼けを見つめたまま、雨音は語る。

「それなのにゲーム好きで、いっつもあたしと勝負して負けてた。

あたしが勝つたびに、父さんは褒めてくれた」

以前俺が話したように、雨音も昔話をする。

「『雨音に勝てる人は、きっとどこにもいない』って。

あたしは父さんが褒めてくれるのが嬉しくて、ずっとゲームばっかりしてたんだ。

あんたと同じ。ずっと、勝つために」

雨音は勝ち続けるために、俺は負けないために、ゲームをし続けた。

「あたしにとってゲームは、勝ち続けるためにやるものだった。

でも、あんたはそれが間違ってるって言った」

ずっとそのことを考えていたのだろうか。

雨音の隣に座る。

「いまもまだ、あんたが何を言いたいのかわからない。けど――」

雨音の顔つきは、さっきと少し違って見えた。

「あんたとの勝負は、何か違った。

胸がざわついて、顔が、熱くなるんだ。

こんなの初めてで、何がなんだかわからなくて」

声が震えている。

「でも、やっぱり、悔しいんだ、あたしは。

あんたが、卑怯な手を使っていても、それがあんたの力。

あたしは、勝てなかった。それが、全部」

雨音の目元が、黄昏の光を浴びて揺らいでいる。

「あたしって、弱いのかな」

雫が一粒こぼれたあとは、止まらなくなっていた。

「わかってるんだ、本当は。あんたがあんなことしなくたって、あたしが負けてたってこと」

雨音は顔を上げたまま、雫をこぼし続けた。

「……親父の受け売りだが」

俺は言葉を選びながら呟く。

「ゲームってのは、遊びじゃない。人生そのもので、学ぶこともたくさんある。

俺にとってはそれが全てで、今も昔も変わらない」

雨音と同じ夕焼けを見ながら言う。

「今のお前を見てると、昔の自分を見てるみたいだ。

きっと親父も、こんな気分だったのかもな」

「……強かったんだな、あんたの父さん」

「そりゃな、俺なんか比べ物にならないくらいだ。

そんな親父に、俺も一回だけ勝ったことがある」

天下無敵の親父が、一度だけ負けを認めた勝負。

「親父も俺と同じで、勝負はいつだって本気だし、勝てるようにあらゆる手を使うやつだった。

お前と同じで負けず嫌いだったから、やっぱり負けた時も悔しそうにしてたよ」

「……」

「それでも、親父は嬉しそうだった。めちゃくちゃ笑顔でな、言うんだ。

『やっぱりゲームは面白い、人生と同じだ!』ってな」

雨音を見ると、同じように雨音も俺を見つめていた。

「雨音、お前は俺と勝負して、楽しかったか?」

雨音は口を噤んだままだ。

「俺は楽しかったよ。

心が騒いだ。全身が震えた。自然と口元が歪むくらい、俺は純粋に楽しかった。

親父との勝負でも、あんな気持ちにはならなかった。

……お前の胸のざわつきも、俺と同じだったんじゃないのか」

雨音の瞳が潤む。

「親父はずっとこれを言いたかったんだろうな。

所詮ゲームは娯楽の道具でしかない。それでも、俺やお前みたいに、本気で戦うやつがいる。

親父もその一人で、でも俺たちよりよっぽどゲームのことを理解してた」

だから強かった。純粋に楽しめなきゃ、それは本当の強さではないのだ。

「あたしは――」

雨音はまた、声を震わせて俯く。

「……ずっと、ひとりだったんだろ」

「……!」

雨音が震える。

「ずっとひとりで、ゲームばかりやってたんだろ。

……昔の俺と同じだよ、お前は。

俺は親父に負け続けてたけど、強すぎて、他のやつじゃ相手にならなかった。

お前もそんな、ひとりぼっちで戦ってたんだろ」

「――」

「そんなんじゃ、楽しさなんてわからないかもしれないな。

ひとりでやったって楽しいけど、誰かがいなきゃ面白くない。人生と同じでな」

「……あんたは、いいよな。強い兄弟がいて。

退屈しないし、そうやって本当に楽しめる」

雨音が震える声で呟く。

「あたしはっ、あたしには、誰もいない!

あんたと違って、何もない!

勝ち続けるしかないんだよ! ずっと、そうしてきた……!」

再び涙をこぼしながら、震える声で叫ぶ。

「あんたなんかに、わかるわけない! あんたなんかに――」

「いいんだよ、わからなくて」

震える雨音の肩を掴む。

「所詮違う人間だ、わかるわけがないんだ。

……それでも、俺はお前にわかってほしい」

「どうやってわかれって言うんだ!

あんたみたいに、恵まれてないんだ、あたしは……っ!

ずっと、ひとりだったんだっ、誰もっ、なにもっ――」

「今は、ひとりじゃない」

叫ぶ雨音を落ち着かせるように、雨音の頭を撫でる。

「お前はひとりじゃない。見てみろ、お前のことが心配で、探しに来たやつがいるだろ」

俺の背後からナツとフウが現れる。

「雨音ちゃん、私もう友達だと思ってたんだけどなあ……そんな寂しいこと言わないでよ」

「雨音―、あそぼーゲームー」

フウは少し眠そうだが雨音に抱きつく。

「兄貴弱すぎるから面白くないんだよね。

雨音ちゃんと格ゲーやるとわくわくするの。

雨音ちゃんは違うの? 私と同じ気持ち、感じてないの?」

ナツが声をかけると、雨音はとうとう堰を切って泣き出してしまった。

「あたしも、きっと、そうなんだ、知らないだけでっ!」

大声で泣きながら、雨音は叫ぶ。

「ずっと、ずっと、わからなかったんだっ。

あたしは、あたしは――」

雨音はしばらく、赤く染まる中庭で泣き続けていた。

 

              //小カット

「あんたたちと初めて勝負したとき、他の人と違ったんだ。

胸が苦しくて、ざわついてた。

あたしはずっと勝ち続けるために戦ってたのに、初めて負けた。

ずっとそれが、悔しいからだと思ってたんだ」

目尻を赤くしたまま雨音が呟く。

「でも違ったんだな。……きっと、あたしは楽しかったんだ。

こんなに強いやつがいるなんて知らなかった。

あたしは、間違ってただけだった

……負けるのが悔しいのは、本当だけど」

照れたように笑う雨音は、すっきりした顔をしていた。

「悔しいなら、何度でも向かってくればいい」

俺が立ち上がりながら言う。

「どんな強敵でもな、いずれどこかで勝てる。

本気で戦って、本気で楽しめばな。

……昔の俺がそうしたようにな」

俺が手を差し伸べると、雨音は嬉しそうな顔をする。

「いつでも来い。お前が望むなら、全部本気で受けてやる。

お前が俺に勝つまでな」

「……スト2では負けたくせに」

雨音がぼそっと呟く。

「それなら、もう一度やるか? 次は当然負けない仕込みをするがな」

「あんたが何企んでたって、あたしが格ゲーで負けるわけないだろ!

ふふん、いいぞ、やろう! 今日は夜通しやるぞっ」

夜通しってお前、学校に泊まるつもりかよ。

「じー」

雨音が不気味な顔をしている。

「あんたン家、ゲームたくさん置いてるんだろ」

嫌な予感がするな。

「よし、今日はあんたの家に泊まる! 決定っ!」

まじかよ。

「……まあいいか。飯も一人増えたところでたいして変わらないしな」

「へへ、やった! じゃあほら、早く行こっ」

やれやれ、さっきまでベソかいてたのにすでに犬モードだ。

今日も一日いろいろあって疲れたな、と思っていたんだが、まだ一日は終わりそうもない。

長い夜になりそうだ……。

ゲー廃雨音R1

              //雨音ルート

              //2日目

              //チャイム

「あ゛―、やっと授業終わりか。おいナツ、起きろ部室行くぞ」

「んー、んぐ、ふふ、だめだよ兄貴―へへー」

ヨダレまで出してやがる。だらしないな……。

「おいこらナツ、起きろっての」

「んが、あー兄貴おはよ、授業終わってるじゃん、部室いこ部室!」

いやだからさっきからそう言ってんだよ俺が。

「とりあえずその汚いヨダレを拭け……ったく」

袖で拭いてやる。

「えへー、ごめん」

少しは恥ずかしそうにしてくれるとありがたい。

やっとナツも起きたし、行くか――。

ドドドドドド――。

……なんだか廊下が騒がしい。

              //ドア開

              //モブの会話アリ

「春賀ーっ!」

乱暴にドアが開け放たれる。

教室に残っていた生徒たちがざわめきながら見る目線の先には、ゲーセン少女の雨音がいた。

「いたっ! 春賀っ見つけたぞ!」

ドカドカと教室に入ってくる雨音が俺を睨みながら叫ぶ。

「……何の用だ」

「あんたのせいであたしのプライドはズタボロだ!」

教室がざわめく。隣のクラスからも騒ぎを聞いて覗き込んでいるやつがいる。

「おい、何の話だ」

「あいつ何やらかしたんだ」

「夏樹ちゃんだけじゃ飽き足らず他の子に手を出したのかな」

……嫌な予感がする。

「昨日めちゃくちゃにされたせいで、あんたのことを考えて夜も眠れなかったんだ!」

おい、誤解を招くような言い方を……。

「あ、あたしのっ、は、初めてを奪ったんだ! 責任はとってもらうぞ!」

雨音が叫んだ瞬間、一瞬時が止まったような気がする。

「おいちょっと待て落ち着け――」

ざわめきが広がる。

「まさか食っちまったのかあいつ」

「おい、しかも無理やりみたいな言い方だったぞ」

「やだ、ケダモノじゃないサイテー!」

ちょっとやばいんじゃないですかこれ。

「おい待て誤解だ! ただのゲームの話だっての!」

「遊び感覚で……ひでえやつだ」

どうしろっつーんだ。

「おい雨音、何が目的なんだよさっさと言え!」

「あたしと、もういちど勝負しろ!」

 

              //移動 部室

やっとのことで誤解を解いた俺たちは部室に移動した。

「おい雨音、お前次こんなことしたらもう二度と勝負なんかしないからな」

「……」

自分の発言でどういう誤解を招いたか気づいた雨音は、さっきからずっとこの調子である。

「それで、勝負っつったって何するんだ」

「昨日、お前とは直接勝負してなかっただろ。

あんな偉そうなこと言ってたくせに!」

元気になった雨音が俺を指す。

「あたしは偉そうなやつが嫌いなんだ! 勝負しろ!」

やれやれ……。

「雨音、知らないかもしれないが、ここは便利部と言ってな」

「いや知ってる。凄い部屋だよなここ、あたしもここに住む!」

住んでねえよ俺も。

「便利部は生徒からのあらゆる依頼を解決する部だ。

依頼は一律1000円で受けることになってる」

「ボランティアみたいなものか」

金とってるからボランティアではない。

「で、それがどうかしたのか?」

どうやら頭の方はあまりよろしくないようだ。

「お前の勝負、依頼としてなら受けてやるってことだ」

「えーと……」

雨音は首を傾げている。

「依頼料を出さなきゃ俺は勝負を受けないって言ってるんだよ」

「……」

ようやく理解したらしく、雨音の顔がぱっと明るくなる。

「ああ、ああ! なるほど、そういうことか! ……1000円もすんの?」

しぶしぶ雨音が承諾する。

「よし、では勝負を受けよう」

「~~っ、またその顔……!」

雨音が真っ赤になる。

昨日のことを思い出して悔しがっているのか。

「さて、勝負の内容だが――そうだな」

少し思案するが、これと言って思いつくものがない。

「あたしはなんでもいい。ぜったいに勝ってやるからな!」

そうとう自信があるようだ。

「……雨音、お前家庭用はできるのか」

「うん、家ではずっとゲームやってるし」

「じゃあレトロゲーもいけるよな」

「対戦ゲームならだいたいできる!」

よし、それならこうするか。

「家庭用据え置き機――そうだな、俺の好みでスー○ァミから選んだゲームで勝負だ。

3本勝負で3種類のゲームを選んで、2本先取で勝ちだ。これでいいか」

「わかった」

雨音もにやりと笑う。

「勝負は連休をはさんで4日後の月曜日にしよう。

俺もいろいろと準備したいしな」

「無駄無駄、何やったってあたしが勝つに決まってる!」

どこからその自信が沸いて出てくるのか。

「……じゃあ、問題のソフト3本を選ぶか。そうだな――」

「待て」

俺が選ぼうとすると、雨音が口を挟む。

「……なんか嫌な予感がするんだよなあ。何か企んでるんじゃないか」

雨音がじっとりと俺を睨む。

「……当然だろ、勝負は始まる前に8割決まるんだよ。

俺が勝てるようにソフトを選ぶのは当然だ」

「だめだ! そんなのフェアじゃない!」

雨音がぷりぷり怒り出すものだから、俺は仕方なく妥協点を作ることにした。

「なら、そうだな……。

10本ほどソフトを選んでおいて、勝負直前に3本引き抜くってのはどうだ。

それなら公平な勝負になるだろ」

「よくわからないけどそれならいいぞ!」

勘はいいらしいが頭の方は本当にひどいな。

「なら、10本適当に選ぼう。対戦型なら、このあたりか――」

そうして10本を選び出したところで雨音はとりあえず満足したらしく、にこにこしながら帰っていった。

「やれやれ、面倒なことになった」

「兄貴、今度はちょっと厳しいんじゃないの?」

「どうかな。仕込みはしたが」

「えっ、それって――」

「ま、さっき言った『勝負前の8割』の、その準備が整った、ってとこかな」

「……へんなこと企んでるでしょ」

「何でだ」

「すごく悪い顔してる」

……顔に出ていたか。

「ま、自力でできるのはここまでだな。

あとは、お前ら次第ってとこだ」

「えっ、私?」

「ああ。今回は3人とも手伝ってもらうつもりだからな」

ナツが嬉しそうな顔をしている。

「久々に私も兄貴に協力できるんだね!」

ご機嫌になったナツは、にこにこしながらゲームを再開した。

 

              //移動 ハル部屋

「それで、私は何をすればいいの?」

夕食後にナツを呼び出しておいた。

「とりあえず、さっき選んだソフトの中に格ゲーが1本入ってる。

これの練習に付き合ってもらおうと思ってな」

持ってきたのはスーパース○リートファイターⅡ。第一次格ゲーブームにおいて主軸になったスト○ートファイターシリーズの第2作であり、最もヒットした作品――。

「格ゲーなら次世代機でやったほうが絶対にいいのに」

まあ言いたいことはわかる。

「ま、勝負のルール的に全て同じ機種で揃えないといけなかったしな。

とにかくやるぞ、ここが鬼門なんだ。

雨音はとくに格ゲーのセンスが強い」

「わかった。手は抜かなくていいんだよね?」

久々にレトロ格ゲーをプレイするナツは目が輝いている。

「当然だ。……というか、そもそも手抜く気ないだろ」

「私そんな器用じゃないしね」

その言葉通り、日付が変わるまでボコボコにされて一日が終わった。

 

              //4日目

              //移動 廊下

授業が終わって部室に来たら、ドアの前に雨音が座り込んでいた。

「……何してんだお前」

「あっ春賀、はやくっはやく開けろよっ!」

犬みたいなやつだな……餌も見せていないというのに。

「ずっと待ってたんだぞ、あんたが教室で騒ぐなって言うから」

野良犬かと思ったら忠犬だったようである。

「わかったわかった落ち着け。

というか俺は来るなとは言ってないんだから、うるさくしないなら教室に来るのはかまわん」

「ほんとか! じゃあ今度から教室に行く!」

尻尾が見えるようである。

「へへ、学校でもゲームができるなんて最高じゃねーか!」

やれやれ……こいつ成績の方は多分そうとう悪いんだろうな。

              //ドア開

              //移動 部室

「雨音、お前普段どんなゲームしてるんだ」

「んー、あたしはほとんどゲーセンだから。

家でもやってるけどさ、RPGとか」

「こういうパーティ系とかはやらないのか」

「……あたしはそういうの苦手なんだ。できない」

雨音が暗い顔をする。

これは、何か闇がありそうだな。

「……そうか。なら好きにしろ」

やたらと首を突っ込むのもよくないしな。

「兄貴相手してあげないの?」

「勝負前に手の内を晒すことになるしな。

ナツが相手してやれ、格ゲーならいい勝負になるだろ」

「そうだっ夏樹っつったなあんた! リベンジだ、勝負勝負っ!」

「おやおや~? あんな負け方したのに、まだ戦うのカナー?」

ナツが挑発すると、雨音は予想を裏切らずにしっかり逆上してくれている。

「あんなの偶然だっ! あたしが負けるはずないんだ、絶対! 次は負けない!」

ここの女どもは血の気が多い。

「ん……フウが来ないな、迎えに行くか」

教室で爆睡したままなんだろう。

ぎゃあぎゃあ騒いでいる2人を置いて、フウを迎えに行くことに。

 

              //ドア開

              //移動 廊下→教室

フウの教室を覗くと、まだ帰らずに残っていた数人の女生徒が俺に気づいた。

……俺を見ながらこそこそと話すのはやめてくれ。

あの一件で俺もこのクラスでは有名になってしまったようである。

「すまん、妹を見なかったか」

「えっあっ、冬花ちゃんですよねっ」

めちゃくちゃ怯えられてるようだ。少しショックだな……。

「あの、午後の授業では見てないです。午前はいたんですけど」

どこ行きやがったあいつ。

「私お昼に話したんですけど、暖かいから寝るって言ってました」

「……午前もどうせ寝てたんだろ」

苦笑が返ってきた。

「邪魔したな、気をつけて帰れよ」

女子たちに礼を言って教室を出る。

しかしこの怯えられよう……そんなに怖い顔してるのか、俺。

 

              //移動 中庭

              //芝ありの屋上でもいいかも

フウは中庭の芝生で爆睡していた。

「こいつこんなところで……」

中庭まだ生徒が残っていて視線が痛い。

まあ、今日は暖かくていい気候だから眠くなるのもわかるが……。

「Zzz」

ぐっすりだな。

強引に起こすのもかわいそうなので、フウのそばに座る。

「ん、んんん」

フウの鼻がひくひくと動いたと思ったら、抱きついてきた。

「ハル兄のー、におい……Zzz」

いつも思うが本当に寝てるのかこいつ。

……って、髪が芝がだらけじゃねーか。

「ったく」

身動きがとれないので頭の芝を取ってやることに。

しかし綺麗な髪だ、寝てばかりだからしっかり頭に栄養行ってんのかもしれないな。

芝を全て取って手櫛でくせを直してやっていると、気づけばフウが目を覚まして俺を見ていた。

「おはよーハル兄―」

「おいフウ、起きたなら離れてくれ」

「やだよー。もっとなでてー」

甘やかしすぎかな……。

「あとでな。部室行くぞ」

「えー、もっと寝たいよーハル兄もいっしょに」

「魅力的だが俺には人並みに恥じらいがあるからな。

お前みたいに人目も気にせずってのはできん」

フウがむすっとする。

「……ま、寝てたいならもう少し寝てろ。あとで迎えに来るから――」

「やっぱいい、ハル兄といっしょがいい」

「ん、そうか」

ナツと雨音も放置しっぱなしだし、さっさと戻らないとな。

 

              //移動 部室

              //ドア開

ナツと雨音の勝負はまだ続いていた。

「2勝差つけたほうが勝ちってルールにしたんだけど、未だに決まらないの」

たった今49勝49敗になったところらしい。

「切りがいいんだから次で決めろよ。俺のスー○ァミを独占するな」

そうして始まった運命の99戦目は――。

「はっはっは、あたしが負けるはずないんだ! 見たか!」

ドヤ顔の雨音が勝った。

「あー負けちゃったかー」

ナツは悔しそうだ。

……レトロに慣れていないといっても、ナツの格ゲーの実力は折り紙付きだ。

ここで雨音が勝つことは想定してなかった。

「さーて、次はアンタだ、リベンジ!」

フウを指差す。

「ハル兄、なにー?」

状況が掴めていないフウが俺に助けを求めてきた。

「勝負だと。この前のテト○スのときのリベンジらしいぞ」

「勝負……」

フウの雰囲気が変わる。

「今度はぷよ○よ通で勝負だ!」

ぷ○ぷよ通はシリーズの中でも最も人気の高い作品だ。

今でもゲーセンの片隅でアーケード版が稼働していて、スコアランクが頻繁に入れ替わっている。

「……あなたじゃ相手にならない」

覚醒したフウが呟く。

「やってみなきゃわからないだろ!」

意気込んでコントローラーを握った雨音だが、今度はナツのときと違って、接戦にすらならなかった。

本来このゲームは互いの実力が均衡していれば、ミスさえなければほぼ無限に続くようになっているのだが……。

やはりフウの実力は世界レベルだな。

さっきまで元気だった雨音が少し静かになっている。

「……もう、いい。帰るっ!」

              //ドア開

飛び出していってしまったな。

「ねえ兄貴……」

ナツも様子がおかしかったことを気にしているようだ。

「ま、あんまり気にするな。

本人が言わない以上、首を突っ込むべきじゃない――ん」

あいつ、鞄忘れてやがる。

仕方ない、探しに行くか……。

「アキ、聞いてるか、すまん雨音を追ってくれ」

アキにコールしながら言う。おそらく部屋で部室のモニタリングをしているだろう。

『中庭に出たところまでは見えたよ。

中庭にはカメラついてないから、あとは自分でなんとかして』

部屋で校内カメラの映像を除いたらしいアキは、電話に出るとすぐに教えてくれた。

「私も行くよ」

「いや、俺だけでいい。鞄渡すだけだしな」

              //ドア開

              //廊下→中庭

 

ゲー廃桐子R ED

              //別日 6日目

              //移動 講堂

大講堂に集まった6000人の生徒が興奮を吐き出す。

壇上には生徒会3部の役員が睨み合って三角形を描いている。

「だから、てめえらの活動! その内容の食い違いを証明してみせろっつってんだ!

ここだ! オラ言ってみろ!」

議長が机に拳を叩きつける。

「どこに食い違いがあるというのだ!

執行部の活動に生徒の学業の助成以外の目的はない」

「てめえろくに仕事もしねえのによくもぬけぬけと」

ヒメ先輩の苛立ちに合わせて生徒たちが拳を振り上げる。

生徒総会――生徒会3部が前年度の活動を報告し、今年度の活動計画を発表する。

当然ながら3部は対抗しあっているので、お互いが粗探しに奮闘するのである。

やはりこの学校の生徒総会は面白い。

「ところでヒメよ、貴様少し痩せたな。食事はちゃんと摂っているのか」

会長の挑発で姫先輩の額に青筋が浮かんでいる。

「壮治、きみの言い分はわかるが落ち着きたまえ。

報告内容の差異に関しては、報告上致し方ないことだよ。理解してくれ」

桐子さんが声を張り上げる。

「……ちっ、そういうことにしてやるよ。

だがお前らいい加減にしろよ、報告も活動計画もぜんぶ雑すぎんだよ。

ふざけてんのか」

「ふざけてなどいない!

ところでヒメよ、貴様目の下にクマができているぞ。働き詰めで寝ていないのではないか」

とうとうヒメ先輩のストレスが頂点に達したらしい。

血管の切れる音がここまで聞こえた気がする。

「ぶち殺す」

生徒たちが立ち上がり放送禁止用語が飛び交う。

もはやカオスである。

2人以外の役員は全員やれやれといった表情で座っているが、監査委員長はニコニコしながら見つめていた。

「ふたりとも落ち着きたまえよ!

壮治、執行部の活動に関しては私が確実に監査しているから間違いはない。

それよりも議会の方はどうなんだい。

きみの指導は完璧だと思っているが、どうも最近のきみは会長を貶める方向に固執しすぎている感じがある」

「当然だろうが、キリてめえこんなクソの下で働いてて嫌じゃねえのか」

「私は会長の下にいるつもりはない。

きみだって、こんな人に学園を任せるつもりはないのだろう」

「当然だろうが。ここにいる6000人の中にいるかそんなやつ」

その会長の目の前でけっこうな悪口である。

「そもそもてめえら仕事回さねえだろ。

人員不足がどうこうっつって外部から役員引き抜こうとしてたらしいが、てめえらなんのために議会があると思ってんだ。

いくらそこのボンクラが働かねえっつっても、てめえらが無理して働く必要なんかねえだろ」

「……たしかにそうだね。では、今年の活動予定にその部分も追加しよう」

「さて、あとは監査だが――」

やれやれ、やっと熱が収まってきたな。

と思ったら、そう簡単にいかないようである。

「では監査から一言」

監査委員長が穏やかな口調で言う。

「会計に関してですが――。

部費の振り分けに不備があるのではないですか」

監査委員会は生徒の風紀の監査、更に生徒会の業務監査が仕事の機関なのだが、会計監査もその内に含まれている。

桐子さんは固まっていた。

「今年度発足したばかりの同好会……この実績のない同好会にこの額を振り分けた理由をお答えいただきたい」

……これはやばいんじゃないですか桐子さん。

「部費の振り分けに関して特別なルールがあるわけではありませんが、実績なしの部――とりわけ同好会に関しては、振り分けが少なくなるのは当然です。

これは私の経験から言わせてもらいますが……多いのではないですか、2000円ほど」

これにはヒメ先輩も絶句している。

たった2000円――億を越える予算を管理しているこの学園の生徒会において、たった2000円。

だが、その少ない額でも矛盾が生じれば、問題になるのは当然である。

「それはっ……」

桐子さんがたじろぐ。

「……ふ、それは俺が説明しよう」

会長が立ち上がる。

「この便利部、その名の通り依頼があればなんでもやってのける。

部長がかなりの切れ者でな、この俺ですら危険な奴だと認識しているほどだ。

その活躍に期待を賭けて、俺の指示で部費を上増しさせたのだ。

文句があるのならば俺に言え、すべて無視して叩き切ってやろう!」

会長はいつもの調子で豪快に笑っているが、俺と桐子さんは揃って汗まみれである。

「……認めるわけにはいきませんね。

先程も言ったように会計に明確なルールがあるわけではないですが、実績のない同好会に不明瞭な理由付けで部費を与えるのは、監査としては見逃せないんですよ」

監査長も引き下がらない様子である。

やっかいなことになってきた……。

「ふむ……では、本人に聞いてみることにするか」

まじかよ。

周囲の目線が俺に集まる。見ると隣に座っていたナツもすでに汗ダルマだった。

フウの方は爆睡である。

「では四木春賀よ、壇上に来てその力を見せつけてやれ。逃げることは許さん」

既に心が講堂の出口に向かっていたのだが、お見通しのようだった。

「ドウスルノアニキ」

「行くしかないだろ……行かなきゃ桐子さんがかわいそうだ、会長は別として」

観念して壇上に上がると、生徒たちの歓声が背中を推す。

「なんなんですかこれ」

「ふはは、貴様の器ならば6000人程度の観衆では少なすぎるのではないか」

「俺は表に出て動くタイプではないんですよ。二度とやらないでください」

「あなたが件の同好会の部長ということで」

「……まあ、一応」

嫌な汗をかきすぎて喉がかさついている。

「何か依頼をしてみろ。それで貴様もこれの実力を思い知るだろう」

「……と、言われましても。すぐに思いつくところではないですね」

まあ当然だろう。

「その前にですが、依頼でしたらきちんと料金を頂かないと、俺は受けませんよ」

監査長が眉を寄せる。

「おい馬鹿……」

ヒメ先輩が頭を抱えている。

「……なるほど、そういうことでしたか。

もういいです、あなたは下がってください。全て把握しましたから」

「どういうことですか?」

「その言葉であなたの同好会への部費不正流出が発覚したということですよ」

監査長がにやりと口元を歪める。

「いやそうじゃなくてですね、俺はただ料金を頂くと言っただけですよ。

料金は一律1000円。

ああちなみに3ヶ月ほど前に会長から個人の依頼を受けましたが、すでに依頼料は頂いていますので」

「……その依頼内容は?」

「会長が桐子さんといい感じの空気になりたいというのでその手伝いを」

「おい貴様」

「なんですか会長」

「……何でもない」

「まあ、同好会の立ち上げに関しては今年度のことですが、活動自体は去年から行っていましたので」

今度は監査長が困惑する番だった。

「……なるほど、わかりました。

あなたの同好会の活動内容が依頼を受ければなんでもするということでしたので、それを証明していただきましょう。

それができなければ会計の不正であると見なし、生徒会執行部役員の解任請求を行いますので」

何で俺がそんな重大な依頼を受けなければいけないのだろうか。

桐子さんを見ると、予想通り泣きそうな顔をしていた。

「……仕方ないですね、ですが依頼料はいただきますよ」

「わかりました。後ほど私のポケットマネーで支払いましょう」

その言葉を聞いて、スイッチが入ってしまったようだ。

「……あなたその顔、ただの悪者ですよ」

みんなに言われるな。

「ではそうですね、私少し生徒名簿の確認がしたくなったのですが、ここに名簿がありませんので――。

全校生徒全員の名前全て教えていただけませんか」

「「!!」」

講堂がざわめきだす。

「おいてめえ、それはさすがに――」

「それくらいなら、まあ。では普通科3年生から」

俺が名前をぺらぺらと並べだすと、100人目くらいで監査長が慌て始めた。

「ちょ、ちょっと待ってください、私もさすがに生徒全員の名前は把握していません。

あなた適当に言ってるんじゃないんですか」

「言えと言ったり待てと言ったり、何なんですか。

6021人くらい覚えられますよ。まあ名簿見せてもらったの一昨日なんですけどね」

監査長が目を剥く。

「あなた本当に――」

「ま、記憶力だけが取り柄なんでね。

どこかで役に立つと思って覚えておいてよかった。続けますか?」

「……べつの依頼に変えましょう。これだけではまだ、なんとも」

監査長の声が震えだす。

「ああ、依頼を変えるのであれば、更に依頼料を頂くことになりますが」

「……商売上手ですねえ。

仕方ありませんね。では時間も押していますのでひとつだけ」

なんだか雰囲気が変わった。

「あなたの妹さんを紹介してください」

「は」

何言ってんだこの人。

再びざわめき出す生徒たち。

「実は以前あなたたちとヒメが食堂で話しているのを目にしまして。

あなたの妹さん、実に美しい方でしたので、ぜひお近づきになりたいと」

何言ってんだこの人。

……いかん2回も同じことを。

「ハル、すまん。こいつ仕事に関してはクソ真面目なんだがな……」

ヒメ先輩が言う。

「無類の女好きだ。

仕事以外になるとこうなる」

「ヒメ、そんな言い方はしないでくださいよ。ただ美しいものを愛でているだけです」

なるほど。

なるほどじゃなくてだな。

というかヒメ先輩の呼び方も変わっている。完全に仕事モードから切り替わってしまっているようだ。

「……ま、紹介するだけならいいですけど。

ナツ、すまん」

生徒の間からフウを引き連れて汗ダルマがやってきた。

「兄貴ちょっと聞いてないんだけど……」

「いやすまん、俺もこれは完全に予想外だ」

「素晴らしいですね、あなたたち非常に美しい……」

おいこの人さっきまでとぜんぜん違うぞ……。

「夏樹さん、それから冬花さん、ですね。美しい名前です」

ナツは居心地が悪そうだった。

「それで、好みの男性はどんな人なのですか。そのあたりを詳しくお聞かせいただきたい」

おい生徒総会中だぞ……。

「あー、えーっと、少なくとも、兄貴よりもゲーム上手い人じゃないと嫌……かなーって」

っていうか兄貴以外はお断りかなあ、というナツの呟きは監査長の叫びにかき消された。

「なるほど! それでは春賀さん、私と勝負しましょう」

「嫌ですよ、さっさと生徒総会終わらせてください」

とは言ったのだが、周りの生徒たちが勝負と聞いて騒ぎ出す。

早く始めろどうしたビビってんのか!とか言ってる奴がいる。

「あーもう、わかりましたよやりますよ!」

6000人分の歓声が耳を貫くものだから、俺も観念して勝負のテーブルに着いた。

「勝ったら私は妹さんをいただきます」

勝手に決められてしまった。

「では、何で勝負しましょうか」

「……そうですね、ではナツがトランプを持っているはずなので、それで」

ナツが何か察したような顔をしている。

「ま、すぐに勝負が決まるポーカーでもやりましょうか。

クローズド・ポーカーのルールは知ってますか」

「ええ、問題ありません」

「では始めましょうか。本来チップを用意して賭けをする目的のゲームですが」

初めにカードを5枚ずつ配り、一度だけ任意の枚数交換することができる。

最終的に手札の5枚で一番強い役を作ったプレイヤーが勝ちというシンプルなゲームである。

シャッフルを監査長に任せて、受け取ったカードを配る。

「では、カード交換をどうぞ」

「2枚交換しよう」

「では俺は1枚」

互いに交換を終える。

地味な勝負だが、生徒たちは湧き上がっている。

「オープン、3のフォーカードです。さすがに私の勝ちでしょう」

ドヤ顔である。

「では、生徒総会はこれで終了ですね。

よしナツ、帰るぞ」

俺は手札をオープンして山札を手に取る。

「確認したらカード返してください。もう帰るんで」

「なっ……」

うおおおおおおおおおおおお!

歓声が湧き起こる。

「ロイヤルストレートフラッシュ……! 65万分の1ですよ、どうやって!」

「たまたまですよ、運がよかっただけです。

目立つの苦手なんで疲れたんでもう帰ります。じゃ」

俺が立ち去ろうとすると、今度はナツが。

「あ、あのすいません、私先輩はタイプじゃないので、ごめんなさい!」

トドメの一撃である。

勝者の気分を味わいながら歓声の中を歩く。

そうして、祭のような熱を吐き出しながら生徒総会が終わった。

 

              //移動 食堂

「本当にすまなかった!」

総会後、桐子さんがわざわざ監査長まで連れて謝りに来てくれた。

さすがに監査長に部室を見せるわけにもいかないので、食堂に行くことに。

「申し訳なかった、けれど。きみには聞きたいことがたくさんある!」

「まあ、大体わかります。じゃあ一から説明しましょうか」

「私にもわかるようにしっかりと説明してください」

「……まあ、とりあえず最初の生徒の名前のくだりですが」

「きみの記憶力でならありえるとは思ったのだけれど、まさか」

「まあそのまさかですね。最初の200人くらいまでしか覚えてないですよ。

時間があれば6000人でも覚えられますけどね」

「……あなたあの状況で私を騙したのですか」

「実際に騙されたでしょう。ま、ハッタリでなんとかするしかなかったですし。

あんなことする羽目になるとは思いませんでしたよ」

「では、ポーカー勝負の方はどうしたのですか。さすがに65万分の1を意図的に出すことはできませんよね」

「確実にだす方法はありませんが、かなり高確率で出す方法はあったんですよ。

というか、出る状況になっていた、というのが正しいですかね」

「……説明を」

「桐子さんはご存知だと思いますが、以前ヒメ先輩と勝負をしましてね。

そのときにあのトランプのダイヤ全てに印をつけておいたんです」

借りたままだったトランプを監査長に見せる。

「これをちょっと利用させてもらったわけです。

このダイヤを俺の手札に来るようにすれば、それだけでフラッシュ以上は確定ですからね。

……とは言うものの、まさかフォーカードを出されるとは思いませんでしたから、ロイヤルストレートフラッシュまで伸びてくれてよかった」

「きみはまた詐欺で……」

人聞きの悪い。

「どんな手段を使ってでも、勝負というものは勝ちにいかなきゃいけないものですよ。

あなたは妹さんを大切に思っているのですね」

「……自慢の妹ですからね」

監査長が息を吐く。

「私の負けです。完全に。

今日の非礼を詫びます」

まあ汗かいて無駄な水分を消費しただけだし、別にかまわないのだが。

監査長は依頼料を俺に渡して去っていった。

「春賀くん、きみは本当にすごいね。

3部の長3人全員に敗北宣言をさせるなんて、前代未聞だよ」

「そんな立派なことではないですよ。

……それに、まだ下してない人もいますしね」

「?」

「……あなたですよ、桐子さん」

「えっ、えっ??」

「桐子さん、俺と勝負しましょう」

桐子さんはまだ戸惑っている。

「このトランプの一番上のカードをめくって、俺が指定した数字が出たら俺の勝ちです。

それ以外なら桐子さんの勝ちです。いいですか」

「あの、春賀くん――」

「桐子さんが勝ったら、俺はひとつだけなんでも言うことを聞きます」

「春賀くん!」

桐子さんが慌てて俺を止める。

「どうしたんだい、春賀くんいつもと違う」

「……すみません、でも俺はもう決めたんです」

「何を――」

「勝負、受けてくれますか」

「……わかった。受けるよ」

「ありがとうございます。では、俺が指定する数字はAです。

ちなみにイカサマは仕込んでいません。純粋な運勝負です」

桐子さんが不思議そうな顔をしている。

かるくシャッフルして、テーブルに置く。

「では、いきますよ」

俺の雰囲気に、桐子さんが緊張した面持ちで見つめる。

「桐子さんが勝ったら、さっき言ったようになんでも言うことを聞きます。

俺が勝ったら――」

そのときは――。

 

 

 

              //もうEDでいいっすか

ゲー廃桐子R4

              //移動 部室

「兄貴―たすけてよーテスト無理だよー」

休日明けの月曜日、年度の初めの学力テストを前に、ナツが苦しんでいた。

「あれほど勉強しろと言ったのに……」

「兄貴だってゲームばっかで勉強してないじゃん」

「俺は平均維持してるだろ」

「それがずるい!」

ずるくねえよ。

「っていうか兄貴大丈夫なの、桐子さんとの賭け」

「お前、気づいてないのか……」

「???」

どうやら本気で気づいていないらしい。

まあいいか、桐子さんに説明することになるだろうし、あとでまとめて教えてやろう。

              //チャイム

「とりあえずお前は自分のこと心配しとけ。

いくら教師に気に入られてても点数悪ければお咎めが来るぞ」

ま、年度初めのテスト程度じゃ大したこと言われないだろうがな。

 

              //移動 食堂

昼休みが始まると同時に、フウがアキをずるずる引っ張って教室にやってきた。

今日はテストとあってアキも学校に来ていたようだ。

ただでさえ1年生が2年のフロアにいる時点で目立つのに、それはもう人目を引く異様な光景だったので、ナツとともに4人で食堂にきたところだ。

アキは少食なのでさっさと食事を済ませて、すでにノートパソコンを開いている。

「そういえば兄さん、ウイルス騒動の報告聞いてないんだけど」

「あ、そうだったな。忘れてた」

依頼を完遂したときはアキに報告して、内容を保存してもらうのが通例だ。

「今回は校内の事件だったしほとんど見てたから問題ないけど」

アキはすでに校内のカメラの映像をチェックしたらしく、しかも依頼内容もまとめ済みらしい。

しかし何だか不満そうだ。

「アキ、今回あまり活躍できなくて不満なのか」

「つまらなかっただけだよ。ぼく向きの依頼だと思ってたのに、結局兄さんとフウだけじゃないか」

めっちゃむすっとしている。

アキはこれで結構子供っぽいところがあるのだ。

「ま、そのうちちゃんと働ける時が来るだろ。

それに今回も結構お前に助けられたところはあるぞ、安心しろ」

「……ん」

やれやれ、頼れる弟ではあるが、メンタル面が少々弱いところがあるからな。

ちゃんとフォローしてやらないと。

「アキがいてくれないとフウもちゃんとできないよー」

フウも空気を読んでフォローしている。

「あーあ、私もあんまり役に立てなかったなあ」

ナツまでそんなことを言う。

「ナツはいつも部活の助っ人とかで活躍してもらってるからな」

「やだよー、兄貴最近桐子さんとフウに甘いんだもん私も甘やかしてほしいー!」

何だその理由。

「こうなったら私も何か自分で事件起こしちゃおうかな」

やめてください。

「あっ、姫川先輩だ」

「お前らのいるところは周りの生徒の挙動がおかしいからわかりやすい」

ナチュラルに同じテーブルに座る議長。

「どういう意味ですか」

たしかに視線を感じることは多かったのだが、議長が座るとさらに視線が凄い気がする。

「お前ら学校でどれだけ有名か知らねえのか……。

イカれた4人兄弟が、イカれた部活立ち上げたなんて話題にならないはずがねえだろ」

失礼な。

「ま、今回はそのイカれたクソどもに助けられたからな。すまなかった」

「いいんですよこっちも好きでやってるわけですし」

律儀な人だ。

「しかしそのクセ毛、大したやつだな。しかも主席らしいじゃねえか。

一体アタマん中どうなってんだお前ら」

「えへへー、褒められちゃった」

フウは褒められてご満悦だ。

「まあこいつは少し特殊なんですよ。

それより大丈夫なんですか、議会の状況は」

「大した被害にもならなかったし問題ねえよ。

今回に関しては俺からも礼を言っておきたくてな」

「議長に礼を言われるほどのことはしていないはずなんですが……」

むしろ議長を巻き込んでしまったくらいだから、謝るべきじゃないだろうか。

「キリがな、最近働き詰めだったんだ。

お前らがあれこれかき回してくれたおかげで少し元気出たみてえだ」

たしかに、依頼に来た時より少し垢抜けたというか、少し素直になったというか……。

「姫川先輩、桐子さんのこと大好きなんですねー」

ナツがにやにやしている。

「ふん、腐れ縁だ、てめえらと同じようなもんだろうが」

表情も変えずに議長が言う。やはりあなどれない人だ。

「ところでお前、いい加減議長っていうのやめろ堅苦しいんだよ」

「え、なんて呼べばいいんですか」

「名字でも名前でも何でもいい。役職で呼ぶな」

とは言ってもいきなりなので少し悩んでしまう。

「壮治は自分が認めた相手には名前で呼ばせたがるんだよ」

今度は桐子さんがやってきた。

「恥ずかしがり屋だからめったに言わないけどね。どうだい可愛いだろう」

「やめろコラ。弾き出すぞ」

この2人が揃うと本当に面白い。

「では呼び方の方は改めさせていただきます。えー、ヒメ先輩」

「よしわかった、キリと纏めて畳んでやる表出ろ」

ナツが隣で爆笑している。

「ヒメー、ヒメー一緒にゲームしよー」

フウも気に入って連呼している。

ヒメ先輩もフウのふわふわした雰囲気には弱いらしく、脱力してしまっている。

「ヒメ先輩、それじゃあ兄貴とゲームで勝負して決めればいいんじゃないですか。

トランプとかで兄貴が勝ったらヒメ先輩解禁で!」

いつの間にかナツまで堂々と呼んでいる。

「まあ、それくらいならやってやるよ。

ちょうどいい、てめえのアタマ試せるいい機会だ」

何だか成り行きでそうなってしまったがしかたない。

「では、そうですね、人数もいるので大富豪なんかどうですか」

ゲームとなったら本気を出さないわけにはいかないな。

「ぼくはパス」

「フウもねむいからやだー」

フウお前誘っておいてそれか。

4人になってしまったが、まあいい。

ナツがトランプを取り出す。お前いつもそれ持ち歩いてんのか。

「ではシャッフルは私が――おっと」

ナツからトランプを受け取ってシャッフルしていた桐子さんが何枚かばら撒いてしまう。

「桐子さんって不器用なんですか」

「……」

図星のようだ。

拾うのを手伝いながらルールを確認する。

同数字4枚で革命、マークが同じで連番のカードは3枚以上なら同時出し可能、8で場を流して仕切り直し、ダイヤの3を持っている人から開始、そのくらいかな。

「カードは俺が配ります」

桐子さんから受け取って4人に分配する。

「ヒメ先輩、ゲームということなので、残念ながら俺は手を抜くことはできません」

「当然だろうが。勝負に手抜きは必要ねえ、全力で来い」

カードを配り終えて全員が手札を確認する。

「……では、申し訳ありませんが」

「春賀くん、悪い顔してる……」

「俺の勝ちです」

手札をすべてそのまま場に出す。

「え」

「ダイヤの3から2までの13枚連番、これで上がりです」

全員の目が見開かれる。ナツと桐子さんに至っては口が全開だ。

「――てめえ何しやがった」

「いや、見ての通り13枚連番ですよ。ラッキーでした」

「見りゃわかる。仕込みやがったな」

「そうだとしても、サマ無しというルールはなかったはずですよ」

「ち、確かにそうだ。くそったれ」

ヒメ先輩が手札を投げ捨てる。

……なんだこの手札、やたら強い。絵札――J以下の数字が1枚もない。

「完全な運の勝負ならオレが勝つんだがな」

相当な強運の持ち主のようだ。

「ふん、呼び方なんて何でもいい。好きに呼べ」

悔しそうだが、負けを認めて帰っていった。潔い人だ。

「……春賀くん、一体どうやって」

「え? いやさっき桐子さんがカードばら撒いたじゃないですか」

場に出ている連番13枚のカードを拾う。

「その時にたまたまダイヤの13枚が綺麗に見えていたので、ちょっと印を付けただけですよ、ほら」

カードの下部分に爪で少しだけ付けた印を見せる。

「しかし私が拾おうとして見たときはほとんど裏返っていて、数字なんてわからなかったよ」

「落ちたカードを見たんじゃなくて、”落ちている最中の”カードを見たんですよ。

そのときに13枚の位置を記憶して印を付けたってことです」

またもや桐子さんは唖然としている。

「あの一瞬ですべて記憶したっていうのかい……」

「ま、その程度でしたら簡単ですよ。

本当は色々準備していたんですが、桐子さんがばら撒いてくれたおかげで楽に決めることができました」

「まって兄貴、印付けたのはわかるけど、それどうやって兄貴のとこに集めたの?

トランプ切ったの桐子さんなのに」

「そこはただのマジックだ。いいか、こうやって」

カードをすべて集めてかるくシャッフルする。

「上から配っていくわけだが、俺のところに配るときは上からカードを取るふりをして、下から印のついたカードを引き抜けばいい。こうやってな」

そうして手際よくカードを配ってみせると、ふたりは感心してため息を吐いた。

「要するに、きみはまた詐欺で勝ちをもぎ取ったということかい……」

「兄貴、いよいよ詐欺師の未来が見えてきたよ……」

好感度ダダ下がりの模様だ。

 

              //移動 教室

              //チャイム

さーて、テストも無事終わったことだし、あとは部室でゲーム三昧だな。

「あがー」

ナツが前の席で真っ白くなっている。

「おいナツ、ボクシングもやってないのに燃え尽きるなよ、部室行くぞ」

「ハッ、うんちょっと待って」

やれやれ、今回もナツは爆死のようだな。

 

              //移動 部室

「さてゲームだゲーム。テストは肩が凝る、やっぱり面倒だな」

そうして俺がスー○ァミを起動した直後――。

              //ドア開

「春賀くん!」

桐子さんが飛び込んできた。

「て、テスト! これはなんだい、この、きみの、この」

「落ち着いてください桐子さん」

桐子さんが握り締めている紙を拝借して開いてみる。

「なんで俺の答案用紙を持ってるんですか」

「きみの担当教師に頼んで見せてもらったんだ! 答え合わせも先に回してもらった!」

なんという大胆なことを。

「見せてもらってそのまま持ってきちゃったってことですか……」

「そ、そ、その点数……! どういうことだい!」

ナツが覗き込んでくる。

「ま、満点……って全教科!? 兄貴こんなに頭よかったっけ?」

「いやお前、俺の記憶力のこと忘れてるだろ」

「……あ、そっか」

「記憶力って――」

「兄貴って一回記憶したことは絶対忘れないんですよ」

まあ絶対かどうかはわからないんだがな。

「そっか、そうだよね。兄貴テストの点数はいつも平均だからすっかり忘れてた」

「そこだよ、きみは去年ずっと平均程度の成績だっただろう!」

「いずれ交渉に使えると思って、平均点を予想して自分の点数を調整したんですよ。

無駄にならなくてよかった」

「そ、そんなことを……」

桐子さんが愕然としているが、まあこれで決着はついたな。

「桐子さん、ゲームしますか」

「……する」

なんかもういろいろ諦めた顔だ。以前桐子さんとやった聖剣○説を起動する。

「ふはは四木春賀よ、相変わらずセンスがいいな貴様!

おっと3Pは私が頂こう! マルチタップまであるとはやはり侮れん!」

どこから湧いてきたこの人。

「えー、私できないじゃん、べつのゲームしようよー」

「ふ、それならばこれだ、ボ○バーマン」

「会長、2を選ぶとはなかなかやるね……」

勝手にソフトを漁って選ばれてしまった。

「2人でやるなら5だが4人でやるなら2だ! これは譲らん!」

まあ久々に4人でやるのもいいか。

「では……やりますか」

対戦形式となると事情は変わってくるな。

「貴様、なんだその悪そうな顔は」

「あー、これは兄貴の本気モードで」

「ふ、良いぞ、どんな勝負にも全力をもって敵を屠る! これぞ戦人の心構え!」

そう、ゲームとは戦なのだ。たとえ失うものがなかろうと、得るものがひと時の快楽だけだろうと、関係ねえ。

 

              //小カット

「ダメだ勝てん。どうなっているのだ貴様の脳内は」

ひたすら俺が勝ち続けてしまい、とうとう会長がコントローラーを投げる。

「俺の頭はゲームのためだけに動いてるんですよ」

「そんなわけないだろう……しかしこの強さは異常だよ、どうなっているんだ」

唯一対等に戦えていたナツも少し参っている様子だ。

「あーもうだめ、やっぱ兄貴強いよ!

ジュース買ってくる。今冷蔵庫の中身なくなっちゃってるから」

「ああ、私も手伝うよ」

ふたりが出て行ってしまったので、電源を落とす。

「貴様一体どういう幼少期を過ごしたのだ」

「普通の生活ですよ。ただちょっと個性的な妹弟の世話をして力強く育っただけで」

「……俺の知っている普通ではなさそうだな」

「たしかに、会長は特殊な振りをしてなかなか純粋な方ですよね」

俺の言葉に眉を寄せる会長。

「何が言いたい」

「……あのウイルス騒動、実は会長はすぐにバレるように情報を操作したんじゃないですか?」

フウは事件の真相のみを語ったが、実は裏があったのではないか。

「そんなことをして俺にメリットはないだろう」

「会長、あなたは――。

桐子さんのことが好きなんですよね」

「――!」

「フウはこういうことに疎いから気付かなかったかもしれないですけど、ナツにはもうバレバレだと思いますよ。

あなたは事件を起こしたはいいものの、桐子さんが俺と仲良くしているものだから、早々に事件を解決させる方向に切り替えたんでしょう」

そもそもおかしい話なのだ。

これだけ頭のキレがいい人が、犯行の痕跡を綺麗に残しすぎている。

俺たちが真相を掴むのが、あまりに早すぎたのだ。

「無粋だとは思いましたが、真相を全て明かすまでは解決とは言えないですからね」

「……四木春賀、まさか貴様にすべて暴かれるとは思わなかった。天晴れだ」

「あーもー、牛乳売ってなかったー……あれ、兄貴どしたの」

「ん、おかえり。

ちょっと会長と青春について語り合っていただけだ」

「へえー、恋バナ? 兄貴はどんな人が好きなの? そんな遠慮しなくていいよ、私みたいな――」

「美人でゲームのうまい人がいいね。俺より強い人だ」

「私じゃダメなの……」

ナツが泣き出した。

「まあ、その、何だ。ナツも可愛いからな、あとはゲーム上手くなるだけだ、うん」

「ホント!? よーし頑張っちゃうぞー」

ナツがボ○バーマンを引っこ抜いて格ゲーをやりだした。

「四木春賀よ。……桐子はどうなのだ」

いつものように笑みを貼り付けた顔だが、その目には真剣さが宿っている。

「……ええ、タイプですよ。物凄くね」

「なっ!」

「~~~っ!」

桐子さんが真っ赤になり、ナツは固まってしまった。

「これ以上ないくらい美人で、ゲームも上手い。このまま嫁にもらいたいくらいです」

「……ふ、ふはは、面白い! 貴様やはり、支配者に相応しい!」

大口を開けて笑う会長はとても嬉しそうだ。

「期待しているぞ、我が好敵手」

捨て台詞を置いて出て行ってしまった。

「兄貴……」

「~~~~!!!!~~!!」

「やだよ~~! 兄貴はずっと私だけの兄貴じゃなきゃやだ~~~!!」

ナツは喚きだすし、桐子さんは固まったままだし、もうてんやわんやである。

余計なこと言わなきゃ良かったかなあ……。

 

              //移動 家

「ごちそうさま。フウが寝そうだから部屋連れて行くよ」

「ああ、頼む。皿はそのままでいいぞ」

フウが完食した直後にテーブルに突っ伏して寝息をたて始めたので、パソコンを開いていたアキが抱えていく。

ナツも食事を終えてふたりの食器を流しに置いた。

「ねえ、兄貴」

食器を洗いながらナツが呟く。

「桐子さんのこと、好きなの?」

「……」

「タイプだって言ってたでしょ。あれ本当なの?」

さて、どう返したものか。

「まあ、俺も親父の血をしっかり引いてるしな。美人はみんな好きだ」

「私はちゃんと兄貴の考えを聞きたいの」

ナツが俺を睨んでいる。

「兄貴は私にだって好きって言うでしょ。

……もう、隠したって無駄だって言ってるの」

水音が止まる。

「私は兄貴にどこかに行って欲しくないよ。

……ずっと私たちだけの兄貴でいてほしい。

きっとアキもフウも、そう思ってる」

俺の隣に座ったナツが笑う。

「でも兄貴はそれじゃだめでしょ?

私たちのことなんて気にしないで、兄貴は好きなようにして」

ナツが俺の手を握る。

「私たちは兄貴が幸せなら、幸せなの」

ナツは照れくさそうに自室へ逃げていった。

「……幸せ、か」

ひとりになったリビングで天井を仰ぐ。

思えば俺もナツたちの幸せばかり考えていたのかもしれない。

あいつらも、同じように俺の幸せを望んでくれていたのだ。

それなら、俺は――。

 

 

ゲー廃桐子R3

            //名前変更(会長) 達郎→寅泰

            //移動 部室

めずらしく起きていたフウに昼休みの会話を伝えておいた。

「まだ少し情報が足りないな」

「ん。もう少し」

どうやらフウは事件の真相を掴みかけているらしい。

「じゃあ、聞き込みだな。どこに行く?」

「せいとかいしつー」

よし、じゃ行くか。

 

              //移動 廊下→生徒会

              //ノック ドア開

「失礼します」

生徒会室に入ると、何人かの役員が走り回っていた。

「やあ春賀くん、すまないね慌ただしくて」

役員選挙に向けて準備を進めているようで、桐子さんも少し忙しそうだ。

「時間を置いてまた来たほうがいいですかね」

「いや、かまわないよ。

仕事を前倒しにしているだけだから、むしろ予定よりも早く準備は進んでいるんだ」

人手が足りないとは言っていたが、やはり優秀な人材が多いようだ。

「それで、わざわざここまで来てくれたってことは何か用があるんだろう」

「昼休みに新入生の情報を受け取り忘れてしまったので」

「ああ、そういえばまだ渡していなかったね」

桐子さんはファイルからコピー用紙を取り出した。

「全教科合計点での成績上位者のリストだよ。

各教科ごとの上位者のリストも作ってきたけど……ところで春賀くん」

桐子さんは不気味な顔をしていた。

「その、いちばん上にある名前はなんなのかな」

「げ」

しまった、失念していた……そこには堂々とフウの名前が書いてある。

「そこの冬花くんはあの主席の子を抑えてトップでの入学らしいじゃないか。

きみが知らなかったなんてことはないだろう」

「いや、これはそのー……うん、シラナカッタナア、ははは」

誤魔化しきれていない。

そんな俺の様子に桐子さんはため息を吐いた。

「まあいい、きみたちがどうしても生徒会に入る意思はないということだろう。

私もそこまで物分りは悪くないつもりだ」

しかし桐子さんは、逆に諦めてくれたらしい。

リストに目を落とすと、備考として出身地や親の会社まで書いてあった。

「在学生の上位者のリスト、もう一度見せて」

いつの間にか開眼していたフウが呟く。

桐子さんから書類を受け取ってフウは一息つく。

「……会長はどこ」

「フウ、わかったのか」

「うん、ぜんぶ終わり」

「本当かい!」

桐子さんが立ち上がる。

「俺を呼んだか! 四木兄妹!」

奥の部屋から会長が現れた。

「おいお前らこのクソ忙しい時に邪魔しにきたのか」

議長までいたとは。まあ彼も一応関係者だ、いてくれても問題ないだろう。

「例の事件、解決したみたいです」

視線が集まる。

「ところで議長はなんでここに」

「ヤスに用事があっただけだ。このクソ野郎ほっとくと仕事しねえからな。

そんなことはどうでもいい。さっさと犯人を教えろ、締め上げて――」

「犯人はあなた」

フウが指さしたのは、会長だった。

全員が間抜けな顔で息を呑む中、会長が口を開く。

「フ、俺が犯人……一体何を」

「最初の違和感はウイルス騒動の時。

生徒会にはパソコンに詳しい人がいないということだったのに、あなたは桐子と違って”マルウェア”という発言をした。

ハル兄が言ったように大抵の人はマルウェアなんて言葉を知らない」

桐子さんは、会長が『パソコンに近づかないほど苦手』だと言っていた。

「あなたは苦手だからパソコンを遠ざけていたわけじゃなくて、詳しいことが露呈するのを避けていた。

少しでも触って挙動の端に慣れた動作が出てしまうことを恐れた」

「じゃ、じゃあ会長が生徒会のパソコンにウイルスを?」

「会長はアキの入れたウイルス対策ソフトを消しただけ。

ウイルスなんて初めからなかった」

だからアキが言ったように侵入の形跡がなかったということか。

そうして偽の”ウイルス騒動”が生まれた。

「ちょっと待て話が読めねえ。

ウイルスって何だ、オレらみたいにクラックされたんじゃねえのか」

「それが2つ目の違和感」

議長の発言にフウが返す。

「中央議会と監査委員にはクラック――侵入を試みて失敗した形跡があるのに、生徒会だけは対策ソフトが破られた。

犯人がクラッカーほどの技術を持っていないのが理由。

ここで生徒会執行部の犯行の線が濃くなった」

議長は、生徒会以外の2部のパソコンには侵入されずに阻止したという話をしていた。

「ヤスお前……何が目的で」

「最初の目的はおそらく狂言による他2部への牽制。

仕立て上げたウイルス騒動で桐子やほかの役員が2部を疑うのを狙っていた。

疑念が膨らめば役員は2部に乗り込んでパソコンを確認しようとする」

「そうしてオレたちのパソコンから情報を引き出そうと考えたってことか」

フウは頷く。しかしそれは失敗に終わった。

「フウたちがこの騒動を比較的早い段階で解決して、外部の線が濃いという仮説を立ててしまったせいで、役員たちの疑念が薄くなった。

あなたは目的を切り替えて一般生徒の犯行に仕立てようとした。

フウたちが議会や監査と組んで架空の犯人を捜索している間に、混乱に乗じて情報を引き出すつもりで」

俺たちがほとんど単独で、しかも予想外に早く事件を解決してしまったせいで、それも失敗に終わる。

「そんなに複雑な事件でもなかった。はじめからフウとハル兄は会長を疑っていたし、リストを見て確信した」

そう言って皆に見せたのはさっきの名簿だ。

「会長の親はIT企業の社長なの。

その息子が、パソコンに詳しくないはずがない」

会長はにやりとする。

「お見事。しかし俺がやったという証拠がない以上、負けを認めるわけにはいかない」

すでに犯人であることを宣言してはいるが、そんなことを言う。

「証拠なんていらない。警察も裁判も必要ない事件だから、そんなものあっても無駄。

言ってしまえば、この状況全てが証拠」

きっぱりと言うフウはすでに仕事を終えた顔だ。

「フ.それもその通りだ。それで俺をどうするつもりだ」

「別に。あとは私には関係ない。

ハル兄に聞いて」

それだけ言ってフウは寝てしまった。

「えー……まあ判断を任されましたが、被害がない以上俺たちにはなんとも言えません。

この場にいる中でいちばん被害を被った議長に任せます」

議長に視線が集まる。

「くだらねえことしやがって」

静かに言う議長の顔はいたって普通だった。

「オレもキリも忙しいんだよ、余計なことしてる暇あったら仕事しろ。

それから俺にはいらねえから詫びるならそこでアホ面してるキリに言え」

見てみると、議長が言ったように桐子さんがいまだに呆然としている。

「か、会長が、なんで――」

「騒がせてすまなかったな桐子。この四木兄妹が言った通り、犯人はこの俺だ。

しかしまさかここまで早いとは思っていなかった。流石だ」

「何言ってるんですか、はじめから成功するなんて思ってなかったでしょう。

むしろ失敗すると考えたうえで実行したんじゃないですか」

「春賀くん、なんで――」

「よくぞ見破ったな、四木春賀。

俺には技術がなさすぎた。

失敗しても2部を攪乱して優位に立てる。成功すれば万歳。

失敗して成功、成功して大成功という計画だ」

「桐子さんが予想以上に俺たちを信頼していたせいで、想定外のケースになったということですね」

「ああ。しかし四季春賀よ、どうして貴様まで俺が怪しいと思ったのだ。

俺の挙動はそんなに怪しかったか」

「まあ、そうですね。どこが、とかではないんですけど。

たぶんフウもそうなんですけど、探偵っていうのは最終的に”勘”5割で推理するんですよ。

思い返してみていちばん矛盾した発言をしていた人が怪しい、っていうだけです。

真面目に”推理”したフウと違って、俺の”推測”はただのゲームです」

言ってしまえば、まだ外部犯である可能性もないとは言い切れない状況だった。

こうして踏み切ったのも半分は勘だ。フウも言ったように証拠すらない。

「ま、あとはゲームですよ」

「ゲーム?」

「ポー○ピア連続殺人事件っていうゲームに関する有名なセリフがありましてね」

「あっ! 兄貴まさか――」

「ふふふ、そのまさかだ。このゲームは主人公である刑事の部下が犯人でして」

「春賀くん……まさかそんな理由で」

「そのネタバレがネット上で話題になったんですよ。

犯人はヤス』ってな」

ナツどころか全員に呆れられていた。

 

              //翌日 4日目

              //部室

そんなこんなで今回のウイルス騒動は幕を閉じた。

桐子さんと議長は会長の犯行に関して咎めるつもりはないらしい。

まあ当然といえば当然だ。多少混乱が起きただけで被害はほとんどないし。

といっても形式上何かしなければ下に示しが付かないということで。桐子さんが出した結論はというと。

「放っておくと仕事をしないのでパソコンの管理を任せることにした。

もともと誰もやりたがらなかったし、他の役員にも示しがつくだろう」

被害はそこまで広がらなかったし、むしろ生徒会からしたらパソコンに強い人が露呈してラッキーな事件だったのではないだろうか。

              //ドア開

「四木兄妹、先日は世話になったな!」

騒がしい人が現れた。

「会長!パソコンの設定はどうしたんだい!」

「無論すでに済ませた!

そちらの四木秋人と比べれば俺もただの一般人程度だが、並み以上の知識はあるつもりだ。

これからは生徒会のシステムに関しては任せてくれて構わん!」

それは心強いことだがもう少し静かに喋れないのだろうか。

「む? ムムム、良いではないかこの部屋!

貴様なんというセンス、ここまで太古のゲームを揃えるとは!」

フウが黙々とプレイしていたぷよ○よ通に乱入し出す会長。

「ふはは四木冬花、貴様なかなかやる!手合わせ願おう!」

「ちょ、会長、フウに挑むのはやめたほうが――」

止めようとして唖然とする。

なんだこの人、フウと対等に戦ってやがる……。

開始早々二人が枠限界まで積み上げ、ほぼ同時に連鎖開始。

カラフルな玉が綺麗に弾けて消えていく。

「ふふふ、よいぞこのひりつく勝負! 戦とはこうでなければ!

さあ四木冬花、貴様の力はその程度か! 見せてみろ貴様の熱を!」

よくそこまで喚きながらプレイできるな。

「いかん間違えた」

おい!

「しかし四木兄妹、この部屋会長としては見過ごすことはできんな」

会長が画面を睨みながら言う。

「面白いからかまわんがな!」

いいのかよ。

まあその辺に関しては桐子さんとの勝負で決着がついたし。

会長の実力もなかなかのものではあるが、やはりフウには叶わないようだ。

会長の連敗記録が3桁を超えたあたりで、桐子さんが首根っこを掴んで帰っていってしまった。

 

              //翌日 5日目

              //移動 家

めずらしくアキがリビングに来て朝食をとっていた。

「企画してたゲームのプログラムが終わったからね。

フウがうるさいからここで食べるよ」

フウはアキにべったりだった。

「兄貴―牛乳なくなったよー」

しまった買い忘れていたか。

ナツは牛乳を切らすとめちゃくちゃ怒る。

今日の帰りに買って帰ろう。

……というか毎日1リットル飲んでるお前がおかしいんだ。

だからそんな豊満なボディになってしまったのか。お兄ちゃんは嬉しいぞ。