ゲー廃桐子R ED
//別日 6日目
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大講堂に集まった6000人の生徒が興奮を吐き出す。
壇上には生徒会3部の役員が睨み合って三角形を描いている。
「だから、てめえらの活動! その内容の食い違いを証明してみせろっつってんだ!
ここだ! オラ言ってみろ!」
議長が机に拳を叩きつける。
「どこに食い違いがあるというのだ!
執行部の活動に生徒の学業の助成以外の目的はない」
「てめえろくに仕事もしねえのによくもぬけぬけと」
ヒメ先輩の苛立ちに合わせて生徒たちが拳を振り上げる。
生徒総会――生徒会3部が前年度の活動を報告し、今年度の活動計画を発表する。
当然ながら3部は対抗しあっているので、お互いが粗探しに奮闘するのである。
やはりこの学校の生徒総会は面白い。
「ところでヒメよ、貴様少し痩せたな。食事はちゃんと摂っているのか」
会長の挑発で姫先輩の額に青筋が浮かんでいる。
「壮治、きみの言い分はわかるが落ち着きたまえ。
報告内容の差異に関しては、報告上致し方ないことだよ。理解してくれ」
桐子さんが声を張り上げる。
「……ちっ、そういうことにしてやるよ。
だがお前らいい加減にしろよ、報告も活動計画もぜんぶ雑すぎんだよ。
ふざけてんのか」
「ふざけてなどいない!
ところでヒメよ、貴様目の下にクマができているぞ。働き詰めで寝ていないのではないか」
とうとうヒメ先輩のストレスが頂点に達したらしい。
血管の切れる音がここまで聞こえた気がする。
「ぶち殺す」
生徒たちが立ち上がり放送禁止用語が飛び交う。
もはやカオスである。
2人以外の役員は全員やれやれといった表情で座っているが、監査委員長はニコニコしながら見つめていた。
「ふたりとも落ち着きたまえよ!
壮治、執行部の活動に関しては私が確実に監査しているから間違いはない。
それよりも議会の方はどうなんだい。
きみの指導は完璧だと思っているが、どうも最近のきみは会長を貶める方向に固執しすぎている感じがある」
「当然だろうが、キリてめえこんなクソの下で働いてて嫌じゃねえのか」
「私は会長の下にいるつもりはない。
きみだって、こんな人に学園を任せるつもりはないのだろう」
「当然だろうが。ここにいる6000人の中にいるかそんなやつ」
その会長の目の前でけっこうな悪口である。
「そもそもてめえら仕事回さねえだろ。
人員不足がどうこうっつって外部から役員引き抜こうとしてたらしいが、てめえらなんのために議会があると思ってんだ。
いくらそこのボンクラが働かねえっつっても、てめえらが無理して働く必要なんかねえだろ」
「……たしかにそうだね。では、今年の活動予定にその部分も追加しよう」
「さて、あとは監査だが――」
やれやれ、やっと熱が収まってきたな。
と思ったら、そう簡単にいかないようである。
「では監査から一言」
監査委員長が穏やかな口調で言う。
「会計に関してですが――。
部費の振り分けに不備があるのではないですか」
監査委員会は生徒の風紀の監査、更に生徒会の業務監査が仕事の機関なのだが、会計監査もその内に含まれている。
桐子さんは固まっていた。
「今年度発足したばかりの同好会……この実績のない同好会にこの額を振り分けた理由をお答えいただきたい」
……これはやばいんじゃないですか桐子さん。
「部費の振り分けに関して特別なルールがあるわけではありませんが、実績なしの部――とりわけ同好会に関しては、振り分けが少なくなるのは当然です。
これは私の経験から言わせてもらいますが……多いのではないですか、2000円ほど」
これにはヒメ先輩も絶句している。
たった2000円――億を越える予算を管理しているこの学園の生徒会において、たった2000円。
だが、その少ない額でも矛盾が生じれば、問題になるのは当然である。
「それはっ……」
桐子さんがたじろぐ。
「……ふ、それは俺が説明しよう」
会長が立ち上がる。
「この便利部、その名の通り依頼があればなんでもやってのける。
部長がかなりの切れ者でな、この俺ですら危険な奴だと認識しているほどだ。
その活躍に期待を賭けて、俺の指示で部費を上増しさせたのだ。
文句があるのならば俺に言え、すべて無視して叩き切ってやろう!」
会長はいつもの調子で豪快に笑っているが、俺と桐子さんは揃って汗まみれである。
「……認めるわけにはいきませんね。
先程も言ったように会計に明確なルールがあるわけではないですが、実績のない同好会に不明瞭な理由付けで部費を与えるのは、監査としては見逃せないんですよ」
監査長も引き下がらない様子である。
やっかいなことになってきた……。
「ふむ……では、本人に聞いてみることにするか」
まじかよ。
周囲の目線が俺に集まる。見ると隣に座っていたナツもすでに汗ダルマだった。
フウの方は爆睡である。
「では四木春賀よ、壇上に来てその力を見せつけてやれ。逃げることは許さん」
既に心が講堂の出口に向かっていたのだが、お見通しのようだった。
「ドウスルノアニキ」
「行くしかないだろ……行かなきゃ桐子さんがかわいそうだ、会長は別として」
観念して壇上に上がると、生徒たちの歓声が背中を推す。
「なんなんですかこれ」
「ふはは、貴様の器ならば6000人程度の観衆では少なすぎるのではないか」
「俺は表に出て動くタイプではないんですよ。二度とやらないでください」
「あなたが件の同好会の部長ということで」
「……まあ、一応」
嫌な汗をかきすぎて喉がかさついている。
「何か依頼をしてみろ。それで貴様もこれの実力を思い知るだろう」
「……と、言われましても。すぐに思いつくところではないですね」
まあ当然だろう。
「その前にですが、依頼でしたらきちんと料金を頂かないと、俺は受けませんよ」
監査長が眉を寄せる。
「おい馬鹿……」
ヒメ先輩が頭を抱えている。
「……なるほど、そういうことでしたか。
もういいです、あなたは下がってください。全て把握しましたから」
「どういうことですか?」
「その言葉であなたの同好会への部費不正流出が発覚したということですよ」
監査長がにやりと口元を歪める。
「いやそうじゃなくてですね、俺はただ料金を頂くと言っただけですよ。
料金は一律1000円。
ああちなみに3ヶ月ほど前に会長から個人の依頼を受けましたが、すでに依頼料は頂いていますので」
「……その依頼内容は?」
「会長が桐子さんといい感じの空気になりたいというのでその手伝いを」
「おい貴様」
「なんですか会長」
「……何でもない」
「まあ、同好会の立ち上げに関しては今年度のことですが、活動自体は去年から行っていましたので」
今度は監査長が困惑する番だった。
「……なるほど、わかりました。
あなたの同好会の活動内容が依頼を受ければなんでもするということでしたので、それを証明していただきましょう。
それができなければ会計の不正であると見なし、生徒会執行部役員の解任請求を行いますので」
何で俺がそんな重大な依頼を受けなければいけないのだろうか。
桐子さんを見ると、予想通り泣きそうな顔をしていた。
「……仕方ないですね、ですが依頼料はいただきますよ」
「わかりました。後ほど私のポケットマネーで支払いましょう」
その言葉を聞いて、スイッチが入ってしまったようだ。
「……あなたその顔、ただの悪者ですよ」
みんなに言われるな。
「ではそうですね、私少し生徒名簿の確認がしたくなったのですが、ここに名簿がありませんので――。
全校生徒全員の名前全て教えていただけませんか」
「「!!」」
講堂がざわめきだす。
「おいてめえ、それはさすがに――」
「それくらいなら、まあ。では普通科3年生から」
俺が名前をぺらぺらと並べだすと、100人目くらいで監査長が慌て始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください、私もさすがに生徒全員の名前は把握していません。
あなた適当に言ってるんじゃないんですか」
「言えと言ったり待てと言ったり、何なんですか。
6021人くらい覚えられますよ。まあ名簿見せてもらったの一昨日なんですけどね」
監査長が目を剥く。
「あなた本当に――」
「ま、記憶力だけが取り柄なんでね。
どこかで役に立つと思って覚えておいてよかった。続けますか?」
「……べつの依頼に変えましょう。これだけではまだ、なんとも」
監査長の声が震えだす。
「ああ、依頼を変えるのであれば、更に依頼料を頂くことになりますが」
「……商売上手ですねえ。
仕方ありませんね。では時間も押していますのでひとつだけ」
なんだか雰囲気が変わった。
「あなたの妹さんを紹介してください」
「は」
何言ってんだこの人。
再びざわめき出す生徒たち。
「実は以前あなたたちとヒメが食堂で話しているのを目にしまして。
あなたの妹さん、実に美しい方でしたので、ぜひお近づきになりたいと」
何言ってんだこの人。
……いかん2回も同じことを。
「ハル、すまん。こいつ仕事に関してはクソ真面目なんだがな……」
ヒメ先輩が言う。
「無類の女好きだ。
仕事以外になるとこうなる」
「ヒメ、そんな言い方はしないでくださいよ。ただ美しいものを愛でているだけです」
なるほど。
なるほどじゃなくてだな。
というかヒメ先輩の呼び方も変わっている。完全に仕事モードから切り替わってしまっているようだ。
「……ま、紹介するだけならいいですけど。
ナツ、すまん」
生徒の間からフウを引き連れて汗ダルマがやってきた。
「兄貴ちょっと聞いてないんだけど……」
「いやすまん、俺もこれは完全に予想外だ」
「素晴らしいですね、あなたたち非常に美しい……」
おいこの人さっきまでとぜんぜん違うぞ……。
「夏樹さん、それから冬花さん、ですね。美しい名前です」
ナツは居心地が悪そうだった。
「それで、好みの男性はどんな人なのですか。そのあたりを詳しくお聞かせいただきたい」
おい生徒総会中だぞ……。
「あー、えーっと、少なくとも、兄貴よりもゲーム上手い人じゃないと嫌……かなーって」
っていうか兄貴以外はお断りかなあ、というナツの呟きは監査長の叫びにかき消された。
「なるほど! それでは春賀さん、私と勝負しましょう」
「嫌ですよ、さっさと生徒総会終わらせてください」
とは言ったのだが、周りの生徒たちが勝負と聞いて騒ぎ出す。
早く始めろどうしたビビってんのか!とか言ってる奴がいる。
「あーもう、わかりましたよやりますよ!」
6000人分の歓声が耳を貫くものだから、俺も観念して勝負のテーブルに着いた。
「勝ったら私は妹さんをいただきます」
勝手に決められてしまった。
「では、何で勝負しましょうか」
「……そうですね、ではナツがトランプを持っているはずなので、それで」
ナツが何か察したような顔をしている。
「ま、すぐに勝負が決まるポーカーでもやりましょうか。
クローズド・ポーカーのルールは知ってますか」
「ええ、問題ありません」
「では始めましょうか。本来チップを用意して賭けをする目的のゲームですが」
初めにカードを5枚ずつ配り、一度だけ任意の枚数交換することができる。
最終的に手札の5枚で一番強い役を作ったプレイヤーが勝ちというシンプルなゲームである。
シャッフルを監査長に任せて、受け取ったカードを配る。
「では、カード交換をどうぞ」
「2枚交換しよう」
「では俺は1枚」
互いに交換を終える。
地味な勝負だが、生徒たちは湧き上がっている。
「オープン、3のフォーカードです。さすがに私の勝ちでしょう」
ドヤ顔である。
「では、生徒総会はこれで終了ですね。
よしナツ、帰るぞ」
俺は手札をオープンして山札を手に取る。
「確認したらカード返してください。もう帰るんで」
「なっ……」
うおおおおおおおおおおおお!
歓声が湧き起こる。
「ロイヤルストレートフラッシュ……! 65万分の1ですよ、どうやって!」
「たまたまですよ、運がよかっただけです。
目立つの苦手なんで疲れたんでもう帰ります。じゃ」
俺が立ち去ろうとすると、今度はナツが。
「あ、あのすいません、私先輩はタイプじゃないので、ごめんなさい!」
トドメの一撃である。
勝者の気分を味わいながら歓声の中を歩く。
そうして、祭のような熱を吐き出しながら生徒総会が終わった。
//移動 食堂
「本当にすまなかった!」
総会後、桐子さんがわざわざ監査長まで連れて謝りに来てくれた。
さすがに監査長に部室を見せるわけにもいかないので、食堂に行くことに。
「申し訳なかった、けれど。きみには聞きたいことがたくさんある!」
「まあ、大体わかります。じゃあ一から説明しましょうか」
「私にもわかるようにしっかりと説明してください」
「……まあ、とりあえず最初の生徒の名前のくだりですが」
「きみの記憶力でならありえるとは思ったのだけれど、まさか」
「まあそのまさかですね。最初の200人くらいまでしか覚えてないですよ。
時間があれば6000人でも覚えられますけどね」
「……あなたあの状況で私を騙したのですか」
「実際に騙されたでしょう。ま、ハッタリでなんとかするしかなかったですし。
あんなことする羽目になるとは思いませんでしたよ」
「では、ポーカー勝負の方はどうしたのですか。さすがに65万分の1を意図的に出すことはできませんよね」
「確実にだす方法はありませんが、かなり高確率で出す方法はあったんですよ。
というか、出る状況になっていた、というのが正しいですかね」
「……説明を」
「桐子さんはご存知だと思いますが、以前ヒメ先輩と勝負をしましてね。
そのときにあのトランプのダイヤ全てに印をつけておいたんです」
借りたままだったトランプを監査長に見せる。
「これをちょっと利用させてもらったわけです。
このダイヤを俺の手札に来るようにすれば、それだけでフラッシュ以上は確定ですからね。
……とは言うものの、まさかフォーカードを出されるとは思いませんでしたから、ロイヤルストレートフラッシュまで伸びてくれてよかった」
「きみはまた詐欺で……」
人聞きの悪い。
「どんな手段を使ってでも、勝負というものは勝ちにいかなきゃいけないものですよ。
あなたは妹さんを大切に思っているのですね」
「……自慢の妹ですからね」
監査長が息を吐く。
「私の負けです。完全に。
今日の非礼を詫びます」
まあ汗かいて無駄な水分を消費しただけだし、別にかまわないのだが。
監査長は依頼料を俺に渡して去っていった。
「春賀くん、きみは本当にすごいね。
3部の長3人全員に敗北宣言をさせるなんて、前代未聞だよ」
「そんな立派なことではないですよ。
……それに、まだ下してない人もいますしね」
「?」
「……あなたですよ、桐子さん」
「えっ、えっ??」
「桐子さん、俺と勝負しましょう」
桐子さんはまだ戸惑っている。
「このトランプの一番上のカードをめくって、俺が指定した数字が出たら俺の勝ちです。
それ以外なら桐子さんの勝ちです。いいですか」
「あの、春賀くん――」
「桐子さんが勝ったら、俺はひとつだけなんでも言うことを聞きます」
「春賀くん!」
桐子さんが慌てて俺を止める。
「どうしたんだい、春賀くんいつもと違う」
「……すみません、でも俺はもう決めたんです」
「何を――」
「勝負、受けてくれますか」
「……わかった。受けるよ」
「ありがとうございます。では、俺が指定する数字はAです。
ちなみにイカサマは仕込んでいません。純粋な運勝負です」
桐子さんが不思議そうな顔をしている。
かるくシャッフルして、テーブルに置く。
「では、いきますよ」
俺の雰囲気に、桐子さんが緊張した面持ちで見つめる。
「桐子さんが勝ったら、さっき言ったようになんでも言うことを聞きます。
俺が勝ったら――」
そのときは――。
//もうEDでいいっすか