4人目R1
//2日目
「お前らー飯だぞー」
朝食の支度を終えて声をかける。ナツは日課の早朝トレーニングに出ているし、アキは寝ずに引きこもってるだろうし、声をかければすぐに降りてくる。
//移動 フウ部屋
「フウ、朝だぞ起きろ」
問題はこいつである。
「んむーあと5分Zzz」
放っておくといつまでも寝てるのでフウは毎朝叩き起こしに来なければならない。
//移動 リビング
強引に布団を引っぺがして抱えてリビングまで連れていくと、未だ目の開ききっていないフウは鼻をひくひく鳴らして食事にとりかかった。
「ただいまー! あーおなかすいた、あれいいにおいご飯できてるのジャストタイミングいただきます!!」
その汗を何とかしてから来てくれ。
食事を終えてナツは汗を流しに、フウはテーブルでそのまままた夢の中にトリップし始めた。アキはその隣でノートPCを開いて何やら始めている。
「兄さん、昨日調子悪そうだったけど」
どうやら昨日の俺の様子をいぶかしんでいるらしい。
「ちょっと頭痛がしただけだ。風邪とかでもなさそうだし大丈夫だろ」
「……大丈夫ならいいんだけど」
納得がいかない様子だ。
アキは見たまんま理論派のタイプだから、少しでも理屈に沿わないことがあると気持ちが悪いらしい。
「昨日のあの女、なんかちょっと引っかかるんだよね」
「? 何がだ」
「いや、何が、ってのはわからないんだけど。それもあってちょっともやもやするんだよ」
始終パソコンやらスマホやらを弄りながら喋るアキが珍しく手を止めて唸っている。
「……ま、気にするな、そのうちスッキリするだろ」
一応肝に留めておこう。
「兄貴ーまだ頭痛いのー?」
脱衣所からナツの声が飛んでくる。会話が聞こえていたらしい。
「いまは大丈夫だよ。それより早くしろよ、遅れるぞ」
「はーい」
脱衣所から全裸で出てきたナツは冷蔵庫から牛乳のパックを取り出してそのまま煽る。服を着ろ。
「姉さん、女としての矜持とかはないの」
「暑いからいいでしょ、何言ってんの今更」
兄弟ってのはだいたいどこの家庭もこんなもんだと思う。
//カット
「兄さん、一応頭痛薬持っていきなよ」
「ん、サンキュ」
家を出るときに、アキが気を利かせてくれた。
「心配してくれるのは有難いがあんまり悩みすぎるなよ」
「わかってるよ。それに心配なんてしてない。
変な病気とかでぼくに感染ったら困るだけ」
可愛いやつだ。
「ま、心配すんな。なるようになるし、なるようにしかならないが、何があっても何とかなる。俺ら4人の合言葉だろ」
「……うん」
頭をぽんぽんと叩いてやると、やっと不満そうな顔をひっこめてくれた。これで安心して登校できるな。
「Zzz」
……厄介な問題が隣に転がっているのを忘れていた。
さすがに玄関先に寝るのはやめなさいフウ。
//移動 教室
「そういえばアキが気になるって言ってたあの子」
休み時間中に、ナツが振り向いて呟く。
「私もちょっと引っかかってるんだよねー」
というかお前、その言い方だとアキが彼女に好意を持ってるみたいな言い方だよな。
「ほら、私部活の助っ人とかであっちこっち行くでしょ?」
「そうだな、いつも助かってるよ」
「えへへ、ありがと。それなのにあの子は見たことないんだよね」
「そりゃ、6000人もいれば見たことない奴なんてたくさんいるだろ?」
「ううん、同学年ならみんなちゃんと覚えてるよ。ほんとはみんなと仲良くなりたいんだけど」
……大した奴だ。1学年約2000人――これは決して部活の助っ人だけで作れる人脈ではない。
授業の合間だとか、放課後だとかにも走り回って人脈を構築しているのだ。
さらに、ナツは人に気に入られる才能がある。広く人脈の根を張るだけでなく、一人一人との関係を人一倍大切にする。
あまり人と深い関係を持ちたくない俺にとっては、単なるすごいやつなのだ。
「で、ナツが覚えてないってことは、何者なんだあいつは」
「うーん……とりあえず、今日は聞き込みついでに友達と遊んでくるね。部活は休むよ」
「わかった、そっちは任せる」
まあ近いうちにまた来るって言ってたし、わざわざ走り回る必要はないけどな。
今のところ事件は起こってないし、そんなに気を張ることもないか……。
//移動 部室
しかし事件というものはわりとすぐに起こってしまうものである。
「……で、その依頼ってのは?」
俺は強烈な痛みに頭を押さえながら依頼主の話を待つ。
昨日部室に来た女生徒だ。相変わらずの無表情で、無駄なことは一切しゃべりそうにない雰囲気だ。
「……通り魔」
「え?」
静寂を纏った彼女の言葉は簡潔で、それ以上に物騒なものだった。
「襲われたの、わたし」
おいおいマジかよ。
「怪我はなかったのか」
「……」
首を振る彼女は、袖を捲って左肩に丁寧に巻かれた包帯を晒す。
傷の深さは見えないが、問題ないとは言えそうにない。
「病院には行ったのか?」
彼女はまた無言で首を振る。
しかしこの件は俺たちには少し荷が重過ぎる。警察に一任することを伝えると、彼女はまた首を振った。
「警察は、だめ……!」
今までと打って変わって、強めの主張を繰り返す。大事にはしたくないってことか。
「それならここで独自に調査するが、見てわかる通り警察ほどちゃんとした組織じゃない。時間かかるぞ」
しかしどうしたものか……詳しく話を聞いておくか。
そうして彼女はしばらくしてから話し始めた。
「あの……昨日、帰るときに」
何か迷っているのか、あるいは戸惑っているような話し方だが――。
「わたし、そのときに、襲われて……」
――昨日の今日で、まだ落ち着いていないのかもしれないな。
「いや、気が利かなくて悪かった。無理してしゃべらなくていい。俺はゲームでもしてるから、落ち着いたら話してくれ」
まあ、こういうのは忍耐だ。犠牲者が増える前にカタをつけたいのはやまやまだが、強引に進めて彼女に負担をかけるのもよくない。
俺がすべきなのは彼女が話しやすい環境を作ることだが――いかんせん渡世術に乏しいからな。こういうのはナツの仕事だ。
「……ゲーム、そっか」
彼女が何か呟くが、普通に対面しても聞き取りづらい声だ。小さすぎて俺の耳では聞き取れなかった。
「そういえば、名前を聞いてなかったな」
「……名前は、いい。好きなように呼んで」
何を言ってるんだこいつは。
「そりゃ困る。別に馴れ馴れしく呼ぶつもりはないから、そんなに不安がらなくていい」
「やだ。知りたいなら、自力で調べて」
何を考えているかわからないが、何か嫌われるようなことでもしたか……?
「……それより、ゲーム」
テーブルを迂回して俺の隣に座る。
……嫌われてるわけではないのか。
「わたしもやる」
俺がやろうとしたゲームを押しのけて、「星のカ○ビィ スーパーデ○ックス」を丁寧な手つきでスー○ァミに差し込んだ。
そのソフトを選ぶとは……こいつ、デキるな。
起動したゲーム画面ではピンク色の丸い物体がアクロバティックに星に乗るムービーが流れるが、俺がボタンを押すといつもの見慣れた画面――3つのデータが0%になって現れる。やっぱり消えていたか。
「相変わらず弱いバッテリーだな。一度本体から抜くと必ずと言っていいほどデータが消える」
スー○ァミというのはまだ業界の技術が発展途上の頃のゲームで、記憶媒体が非常に脆いのである。後期に開発されたソフトはまだまともなんだが。
「お前もよくやってたのか」
「……」
俺が聞くと彼女は目を少し伏せてしまう。
何か聞いてはいけないことを聞いてしまった気分だな……。
//カット
プレイを続けてわかったが、こいつは結構記憶力がいい。
このゲームはいくつかのゲームモードが用意されていて、そのうちの一つである「洞窟大作戦」――洞窟に隠された60個の宝物を集めながら冒険するゲームモードで、宝箱の位置とその中身をすべて覚えているようである。
もちろん俺も覚えているから、昔はそれが当然だと思っていたものだ。ナツやフウは何度やってもまるで覚えないから、普通はそうなのかもしれないな。
で、迷いなく宝箱をバンバン回収しながら機敏に動き回る俺のキャラに、ほとんどぴったり重なるように動く彼女のキャラを見て聞いてみたのである。
「やけに手際がいいな……やりこんでるなお前」
「……記憶力だけなら」
少しためらった後に呟く。
「あなたにだって負けてない」
なるほど、結構な負けず嫌いだこいつ。
「それより、その呼び方、やめて」
「呼び方……? いや、名前も聞いてないのにこれ以外何て呼べば――」
「名前、わかるまで呼ばないで。それでいいでしょ」
よくねーよ。
「……そんな関係じゃない」
何か怒ってるみたいだが、最後の呟きはゲーム音にかき消されて聞こえなかった。
「ま、いいわ。それなら俺はゆっくりお前――あーっと、名前調べて意地でも呼んでやる」
俺がゲームに集中しなおすと、隣で彼女が小さく頷いてコントローラーを軋ませた。
//カット
//チャイム
カ○ビィをTASもびっくりのスピードでクリアした後、彼女が選んだスーパード○キーコング2を協力プレイで3面までクリアしたところで、下校時刻のチャイムが響いた。
しかしこいつ選ぶゲームのセンスがいいな。
「もうお開きだな、帰るか」
「ん」
布団で丸まってたフウを叩き起こして背負う。
「……その子、だれ?」
「ああ、こいつは冬花、妹だ」
「妹……? 何で?」
何で、って何だよ。
「ううん、何でもない忘れて」
いまだに謎が多い奴だな。
とりあえずそのあたりも明日から調査を始めてみよう。
「……っと、そうだ、依頼だったな」
白熱していて気にしていなかったが、結構深刻な依頼だ。念密に調査して解決策を出さないとな。
「とりあえず今日はできるだけ調査しておくが……今のままじゃ正直情報不足だ。
いつでもいいから、落ち着いて話せるときになったら詳しく話してくれ。無理しなくていいからな」
まだ恐怖心が残っているだろうし、無理させてトラウマになってしまうのもよくない。
「……ん」
頷く彼女の顔は、なぜか少し懐かしい感じがした。
//翌日
「――というわけで、昨日も話したが今日から本格的に動き始めるぞ」
昼休み、4人で食堂に集まって食事をしながらミッション開始を宣言する。
「とりあえず、ナツはいつも通り聞き込みだな。被害者がいる時点で教師陣にも話は行ってるだろうし、他にも被害がないか調べてくれ」
「アイアイ!」
びしぃ、と音が聞こえるんじゃないかってくらい気合の入った敬礼である。
「で、フウは犯人の特定――といっても、まあ今のままじゃどこで起こった事件かもわからないからな。校外ならほぼ確保は不可能だが……」
フウを見やると、俺の心配も知らずにもそもそとハンバーグを頬張っている。
「もももー!」
お口の中をきれいにしてから喋りなさい。
「で、あとは――」
「ぼくは校内サーバで注意文でもあげとくよ。他にやることないでしょ」
向かいの席でアキがノートPCを叩きながら呟く。
アキが珍しく学校に来てるのも、本人は「外に出たい気分だったから」とか言い張っていたが、何か別の思惑がありそうだ。
「やってほしいことがないわけではないんだが……まあいいか、今はその方向で」
「この件では気になることがあるから、ぼくはそっちを調べるよ」
「……もしかして依頼人のことか」
「……気にならない方がおかしいでしょ。兄さんだってもうわかってるでしょ、あの女が近づくたびに兄さんに頭痛起こるなんて、非科学的だよ」
まあ、そこは俺が調べてもらいたかったところではあるからな。
あまり他人のプライベートを細かく調べるのは気が進まないんだが……謎があまりにも多い彼女だ、 深いところまで調べなければ俺の頭痛の種は見つからないだろう。
「あっ、そういえばあの子のことなら聞き込みで聞いてきたよ!」
カツ丼とカレーを完食してさらに牛丼まで食べ始めたナツが言う。
話によると彼女は今年度から転校してきた生徒らしい。まあ、ナツが知らない生徒の時点でうっすらとその可能性は考えていたが――。
中高一貫の学校では高校生の転入生は珍しい。中学からのコミュニティが形成されきっているから、あまり好んで編入する生徒は多くない。
「うちに入ってくるなんて、頭いいんだねあの子」
その上この学校はなかなかの高偏差値を誇っているので、編入は難関とされている。
「そういや記憶力に自信があるって言ってたな」
「兄貴とどっちがすごいのかな」
「どうかな……俺も自信はあるがあの様子だと相当自信がありそうだ」
「試してみればいーじゃん」
正直ゲームの腕で勝っていれば記憶力の良し悪しには興味がない。
「ま、機会があったらな。っと、そろそろ授業だ、解散」
今回の依頼は長期戦になりそうだな……。