ゲー廃 雨音R4

              //移動 部室

「兄貴、5限なんで来なかったの?」

放課後になって、雨音が追試のために飛び出していったのと入れ違いで、フウをおぶったナツがぷんぷん怒りながらやってきた。

「雨音の追試がちょっと危険な感じでな」

「……ヘンなことしてないよね」

折れる折れる痛えよ。

「もしもしアキ、兄貴ヘンなことしてなかった?」

俺の腕を思いっきりロックしたまま器用に電話をかけるナツ。

『変なことはしてなかったよ。

……ちょっと距離が近かった気がするけどね』

あっアキお前……。

「ふーん……兄貴、雨音ちゃんお気に入りだもんねー……」

笑顔が怖い。

『姉さんもそろそろ兄さん離れしなよ。

兄さんももう年頃なんだから火遊びくらいしたくなるでしょ』

お前は母ちゃんか。

「そうなの兄貴」

ナツがどす黒いオーラを纏って聞いてくる。

「……犬みたいでほっとけないってだけだ」

「私も犬みたいにすれば兄貴に構ってもらえる?」

「大事な妹だ、なにもしなくたって可愛がってやる……から、その首輪をしまえ」

どこから出した。

ナツが諦めて俺から離れる。

「兄貴ゲーム強い人好きだもんね。雨音ちゃんかわいいし、タイプでしょ」

『兄さんはその見境のないスタンスをどうにかしないと父さんと同じ人生をたどることになるよ』

お前は母ちゃんか。

「兄貴はお父さんの遺伝子濃いからねー、女好きだし」

『まだ貞操が残ってるのが不思議なくらいだよ』

そこまで言うか……。

「ヒモになるくらいなら私と結婚しようよ、一生養ってあげるから!」

目がハートマークだ。正直怖い。

今のところはノーとだけ言っておこう。

「それよりアキ、頼んでおいたデータはどうなった」

俺が話を振ると、電話の向こうでキータイプ音が聞こえた。

『用意したよ。兄さんのデバイスに送ろうか』

「ああ、頼む」

すぐに俺のスマホが震えた。

「……よし、問題ないな」

「なにそれ。……テストの問題?」

俺がスマホに表示させたデータを覗き込んだナツが言う。

「ああ、今雨音が受けている追試の解答用紙だ」

『頼んだくせになかなか受け取りに来ないから、もう使わないかと思ってたよ。

今更どうすんの、それ。もう追試始まってるんでしょ』

アキが息を吐く音がスピーカーから漏れる。

「はじめから使うつもりはなかったよ、このデータは」

『どういうこと?』

「5限の時間、俺は雨音と授業サボって勉強を教えていたわけだが」

「勉強とかって言ってアヤシイことしてたんでしょ」

そんな目で見るな。

「当然、直前でできることは限られているわけだ。

だから“ヤマ当て”を使って時間を短縮した」

「ヤマ当て?」

「ああ、テストに出る問題をあらかじめ絞っておいて、そこだけを重点的に勉強する運ゲーだ。

とは言っても、コツさえ掴めば8割くらいは成功する。

雨音もバカ正直だから、俺が指示した部分だけ何も疑わずに詰め込んで行った」

「そんな便利な方法があるならはやく教えてよー!」

              //シェイク

やめろ揺さぶるな酔う。

「そうやって便利だっつって使いすぎるから人には教えたくなかったんだよ。

言ってしまえば不正スレスレの方法だからな。

学校側からしたら、テストというものの趣旨に反しているわけだから」

テストの内容を範囲だけ指定して隠すのは、教科書の内容をまんべんなく学ばせるためだ。

楽な方法で点数をとってしまえば、そんなものはただのチートになってしまう。

俺が言うと、ナツは諦めたように息を吐く。

「そのコツを使って問題を絞って、そこだけを重点的に鍛え上げたってわけだ。

このテストデータは、ヤマ当てが正確かどうかを確認するために吸い出してもらった。

見当外れだったときには、また別の手を回す必要があったからな」

今回はほぼ完璧に合っていたし大丈夫だろう。

『それならこのデータ通りに教えてやればよかったじゃないか。

わざわざ兄さんがヤマ当てで絞る必要なんてないでしょ』

アキの気だるそうな声が響く。自分の仕事があまり役に立たなかったことが不満だったのだろうか。

まあそうしても雨音は、俺の言った問題だけをむりやり詰め込んで試験に挑むだろう。

無垢というか純粋というか、不正というものを知らないタイプのやつだからな。

だからこそ、あまり卑怯な手段は使いたくなかったというのが本音だ。

それでも、やはりあまり褒められた方法ではない。ラインすれすれの裏ワザだ。

「ゲームってのははじめからクリア方法がわかってちゃつまらないだろ。

謎解きは当然のこと、レースだろうがパズルだろうが、はじめから『こうすれば100%勝てる』っていう正攻法を教えられても、なにも面白くない」

「はあ、兄貴はテストのヤマ当てでさえゲームにしちゃったってことね」

『兄貴のゲーム脳にはぼくもさすがについていけないよ』

呆れられてしまった。最近兄としての威厳がなくなってきてる気がするな……。

『ところで兄さん、そのコツっていうの教えてよ。

無駄な時間が削れるならぼくも覚えておきたい』

プログラム関連であちこちから依頼が飛んでくるアキは、勉強時間を作業の合間に作っている。

「ダメだ、まっとうな方法で点数取れ」

「けち!」

「けちじゃないだろ……そもそも気合で頭にぶち込めば記憶力だけで90点は取れるヌルゲーなんだぞテストってのは」

「私は兄貴みたいにぶっ壊れた記憶力ないの! ちょっとくらい教えてよーちゃんと勉強するから~!」

甘えた声でナツが言う。

「……ったく、わかったよ。さっき使ったヤマ当てだけ教えてやる」

「やったっ」

俺が折れると、ナツが跳ねる。

『兄さん、ちょろい』

男であれば誰だってこうなるだろう。

「ずばりヤマ当ては何かということだけ教えておくか。

『出題者の意図を読み取ること』だ」

「???」

いきなりナツが両目をハテナマークにしている。

「雨音の追試を例にしてみるが――まず“追試”というのがどういうものかわかるか」

「テストで赤点とった人がもう一回試験受けることじゃないの」

「大体そんな感じだな。救済措置ってわけだ。

その救済措置でくそ難しい問題がでてくることはありえないよな」

ナツが頷く。

「これでヤマ当ては終わりだ」

「えっ」『えっ』

電話口からのアキの声までシンクロする。

「えっじゃなくてな、これでヤマ当ては終わりなんだ。

これだけで大半の問題を削れただろ」

「んー? んん~~???」

ナツはいまだに納得がいかない様子で唸っている。

「難しくない問題を出す――つまり過去に出題した問題を出すってことだ。

まったく同じことはないにしろ、最低合格ラインの60点は取れるような問題を出すはずだろ。

そう考えたら、本試験で出た問題が6割を占めると考えるのが妥当だろう」

「なるほど……」

「そうなったら、その6割を徹底的にやり尽くせば合格は確定っていうわけだ。

まあ今回、雨音が試験を受けるってことであまりに不安だったから、それ以外のヤマ当てもやっておいたんだが」

「そっちも教えてよ、これじゃ追試にしか使えないじゃん!」

ナツがぶーぶー文句を言い出す。

「……あとは出題者である担当教師のクセ、教科書の練習問題のばらつき、あらゆるデータから大まかに問題を絞って、あとはカンに頼るだけだ。

言ったろ、これは出題者の意図を読むゲームだ。

自分が出題者ならどんな問題を出すかを想像するゲームだと思え」

『簡単そうに言うけど……普通できないでしょそんなこと』

「だから使うなって言ってんだ。リスキーすぎるからな、こんなことする暇があったら普通に勉強したほうが早い」

俺は必要ないが、依頼でたまに使うおかげで的中率は上がっている。

「勉強に関してはフウがいるんだから教えてもらえばいいだろ」

爆睡しているフウを撫でながら言うが、ナツは首をぶんぶん振った。

「お姉ちゃんなのにそんな情けないことできない!」

すでに情けない姿晒してんだろ。

「フウは、ナツ姉に頼ってほしいなー」

薄目を開いたフウが言うと、ナツは嬉しそうに抱きついた。

「んー、フウがそう言うなら仕方ないかー、いっぱい頼っちゃおうかなあ」

調子のいいやつだ。

 

              //小カット

              //ドア開

「春賀、やったよー追試終わったー!」

ゲームをしていた俺に雨音が飛びかかってくる。

「早かったな、大丈夫だったのか」

雨音が握り締めていた答案を見ると、全教科合格点ギリギリの点数だった。

「……うん、まあ、いいか」

丁寧に折りたたんで雨音に返すと、ぎらぎらに輝いた目で雨音が言う。

「遊ぼ、春賀っ」

「時間見ろ、もう下校時刻だ、明日な」

「えー、いいだろ、ずっとゲームしてなかったから溜まってるんだ」

雨音が頬を膨らませて不満を言う

「仕方ないだろ、帰るぞ。

休日にいくらでも付き合ってやるから」

「うー、絶対だぞっ」

              //移動 廊下

「ナツは次の休み予定あるか?」

「あー、私依頼で女子サッカー部の助っ人行くんだよね」

そういやそんなこと言ってたな。

「じゃあ無理か、フウは?」

「アキとあそぶー」

ふたりとも休日は家から出たがらないしな。

「じゃあふたりでゲーセンでも行くか、好きなだけ相手してやるぞ」

前を歩いていた雨音が変な顔で振り向く。

「何だ変な顔して。ゲーセンじゃないほうがいいか」

「あ、いやそうじゃなくて……」

なんだかもじもじしているが。

「なあナツ、最近雨音の様子がおかしいと思うのは俺だけなのか」

「知らなーい。自分で考えれば?」

大体こういうときはナツも機嫌が悪い。

「兄貴のばか」

かるく殴られる。

フウは俺の背中によじ登って首を絞めだすし、もう何がなんだか。

 

              //移動 自宅

少し遅くなってしまったが、夕飯を作るか……。

「ハル兄おなかすいたー」

我慢できなくなったフウがキッチンに入ってくる。

「こらフウ、キッチンには入るなと言っただろ危ないから」

「フウもお手伝いする」

珍しいな。

「よし、ならば立ち入りを許そう。

いいかフウ、キッチンは戦場だ。ゲームするときと同じ覚悟をしておけ」

「んー」

なんか危ないが大丈夫か……。

「フウは何が食べたい」

「ハンバーグ! カレー! あとね、あとね」

フウの好みはだいたいこんな感じである。

「どれかひとつにしろ……カレーは時間がかかるからハンバーグでいいか」

「んー、ハンバーグ!」

露骨にテンションが上がる。

食材は無駄にあるし、ナツが文句たれないくらいの量は作れそうだな

              //小カット

「フウが料理なんて珍しいな、何かいいことでもあったか」

種をこね回しているフウに言う。

「ハル兄がわるいんだよー」

何でだ。

「ハル兄が、デートで浮かれてるから」

デート?

「雨音とデート」

「で、デートって……そんなんじゃないだろ」

「デートだよー。雨音ばっかりずるい」

フウが怒るのも珍しいな……。

「……ハル兄は、ずるい。雨音がかわいそう。

雨音は、ずっとハル兄のこと好き」

フウが手を止める。

「ハル兄は、どうしてなにも言わないの」

「……」

「ハル兄だって、もうわかってるの、フウ知ってるよ」

フウにもナツにも、気づかれているのだろうか。

「俺は別に、そういうのは――」

「フウたちのこと、心配しなくていいよ」

フウが優しく言う。

「フウは、大丈夫。ナツ姉も、大丈夫。アキも、フウがいるから大丈夫。

ハル兄、フウのこと、すき?」

「……ああ、俺はお前たちのことは大好きだ。何があっても」

「じゃあ、雨音にも、言ってあげて。

フウは、知ってるから。雨音は、知らない」

「……フウ」

面倒くさがりのフウがこうして口数多く話すときは、俺が迷っていたり悩んでいる時だ。

機微に鋭いフウは、言葉足らずでも俺を支えてくれる。

「ありがとな、お前には助けられてばかりだ」

汚れていない手で頭をなでてやると、いつもの幸せそうな顔で喉を鳴らす。

「わかった、俺ももう決めたよ」

眠そうなフウを抱き抱えてソファに寝かせる。

明日……俺も色々な意味で勇気を出さなければな。