ゲー廃雨音R2

//ドア開

              //廊下→中庭

              //一枚絵ワンチャン

雨音はちょうどフウが寝ていたところで膝を抱えていた。

「雨音、忘れ物だ」

声をかけてみるが、びくっと震えるだけで顔は上げない。

「……暗くなる前に帰れよ」

一言だけ置いて帰ろうとすると、ズボンの裾を引っ張られる。

「……なにも、聞かないのか」

雨音も俺たちにおかしいと思われているのに気づいていたようだ。

仕方ない、すこし付き合ってやるか。

「……俺の親父はな」

雨音の隣に座る。

「本当にクソみたいなやつで、しかも女癖が酷い。

おかげで俺たち4人は兄弟でも全員母親が違うんだ。アキとフウは双子だが」

手はまだ放してくれないらしい。

「そんなクソ親父だが、何でもできる人でな。

今も理系大学の知人と研究室に篭って何か開発してるらしい」

「なんで今、そんな話」

雨音が顔を上げずに言う。

「昔よく親父とゲームしたんだ。これがもう本当に強くてな、俺じゃ歯が立たなかった」

雨音が顔を上げる。

「俺も昔は未熟だったし、悔しくてずっとゲームばっかりしてたんだ。

それでも勝てないくらい、親父は強かった」

「……」

「俺もお前みたいに塞いでたことがあった。そんなときに親父が言ったんだ。

『お前が何のためにゲームしてるのか、もういちど考えてみろ』ってな」

雨音が俺を見つめている。

「なあ雨音、お前は何のために戦ってるんだ?」

俺が問いを投げると、雨音は再び俯く。

「あたしが、戦う理由――」

雨音がそこまで勝ちに固執する理由……同じゲーマーとして、当然その気持ちはわかる。

だが、雨音のそれはすこしベクトルが違うような気がする。

「……あんたは」

雨音が俺の腕を掴む。

「あんたは、あたしが勝てない理由を、知ってるのか。

あたしの、どこがいけないんだ、あんたは――」

「……さあな、俺が親父に勝てなかった理由は、そもそも親父が異常に強くて俺が弱かっただけだ。

お前は十分強い。あとは自分で探すしかないんだよ」

雨音の顔が陰る。すこし厳しいかもしれないが、自分で気づくしかないのだ。

「ま、そう落ち込むな。いずれわかる時が来る」

……そういえばナツもこうして落ち込んでいた時があったな。

思い出して、雨音の頭を撫でてやる。

「なっ、おっ、おい何やってんだっやめろっ!」

真っ赤になって雨音が騒ぐ。

「あ、すまん何か犬みたいで」

「~~馬鹿にしやがって! やっぱお前には絶対に負けたくない!」

雨音が憤慨して立ち上がる。

「いいか、月曜日だ! 首洗って待ってろ!」

雑魚キャラみたいなセリフを吐いて去っていった。

とりあえず、元気出たみたいだしいいか……。

              //移動 廊下→部室

              //ドア開

              //ソフト10本、スト2、桃鉄、初代ぶよ、ボンバー5、マリカ、ワギャンカービィボウル、きらきらキッズ、パネポンパワプロ

              //このへん。使うのは最初3つのみ

「兄貴おかえり! ゲームしよー」

フウがくっついたままゲームをしていたナツが俺を迎える。

「そうだな、雨音との勝負もあるし相手してくれ」

「おっけー! 何やる?」

「んーそうだな……とりあえず7本だな」

俺が勝負用に選んだ10本の中から、7本を取り出して並べる。

「こっちの3つはどうするの?」

「ああ、そっちはとりあえず置いといてくれ。よし、やるぞ」

不思議そうな顔をするナツを尻目にコントローラーを握る。

それから昨日の反撃のようにひたすらナツをボコボコにして、下校時刻を迎えた。

 

              //移動 リビング

夕食後。

「そうだフウ、明日明後日、ちょっと付き合ってくれ」

勝負の下準備のためにフウに声をかけておく。

「んー、なにするのー」

「ゲームだ、特訓に付き合ってもらおうと思ってな」

「ゲームならいいよー」

「兄貴―、休日は私ともたまには遊ぼうよ」

「ま、今度な。明日は勘弁してくれ」

「むー」

むくれるなよ。

さて、あとは――。

              //移動 アキ部屋

「アキ、すまんちょっといいか」

相変わらず寒いなこの部屋。

「ぼくに兄さんの悪巧みの手伝いしろって言うんでしょ」

悪巧みと言うか。

「まあ、別に断る理由もないしね。何すればいいの」

我が弟はすばらしいツンデレである。

「そうだな、とりあえずこれを集めてほしいんだが」

俺が紙にメモしたリストを見せると、アキは怪訝な顔をする。

「……こんなに集めて、何企んでるのさ」

「ま、それは月曜のお楽しみってとこだ。

資金は口座から落としてくれていい。それと――」

俺が持ってきたソフトを渡して、いくつか頼む。

「――できるか」

「誰に聞いてんのそれ。できないわけないだろ」

まあできると思ったから頼んだんだがな。

「さすがだな。じゃ任せたぞ」

よし、これでほとんど仕込みは終わりだな。

あとは俺自身の力をどこまで伸ばせるか……。

もう少し気合を入れておかないとな。

 

              //週明け 4日目

決戦の月曜日。

テストを終えて教室で待っていたら、案の定すごい速さで雨音がやってきた。

「春賀っ、この時を待っていたぞ!」

騒ぐなと言っていたはずなんだが。

「あっ……は、春賀ごめん」

俺が注意する前に気がついたらしく、叱られた犬みたいに萎んでいた。

躾の甲斐があったか……。

「はやくっ行くぞ!」

待ちきれないらしく、雨音が俺の腕を引っ張る。

散歩中の犬とかこんな感じになるよな……。

「おい引っ張るな、ゲームは逃げねえんだ落ち着け」

              //移動 廊下→部室

「さて、まずは1戦目のソフト選びだな」

事前に決めておいたソフト10本を並べる。

「これを箱の中に入れるから、お前が1本ずつランダムに引いてくれ」

用意しておいた箱にソフトを入れて、かるく振る。

スーファミのソフトは多少衝撃を加えても壊れたりしないからすばらしい。

「よーし、何でも来い!」

「おい、中を見るなよ、ちゃんとランダムに引っこ抜け」

「わかってるよ、んーっ」

そうして無作為に選ばれた1つ目のゲームは、ナツにボコボコにされたスト○ートファイター2。

「スト2か、ふっふ、これはもらった!」

雨音がすでに勝ちを確信している。

「よし、じゃあ早速始めるか」

いかんな、久々の強敵に震えが止まらない。

スト2は3ラウンド制で、先に2勝した方が勝者となる。

ナツとの特訓を生かせるか……あまり自信はないな。

              //小カット

勝負はあっけなく終わった。

「あたしの勝ちだ! やっぱりあたしには勝てないんだよ、春賀!

あたしが一番強いんだ!」

たった一勝ではしゃぐ雨音はめちゃくちゃ嬉しそうだ。

やはり強いな……本気で挑んだつもりなんだが。

「どうした春賀後がないぞ!」

そりゃ3本勝負だからな……。

「仕方ない、次いくぞ。ほら選べ」

先ほどの箱を雨音に差し出す。

「よーし、この勢いでっ!」

勢いよく引っ張り出したソフトはスーパー桃太郎○鉄DX。

日本列島をすごろく盤に見立てたゲームだ。

プレイヤーは鉄道会社の社長になって、サイコロやカードを使って設定された目的地を目指す。

途中で土地の物件を購入したりして資産を増やしていき、最終的に最も資産が多いプレイヤーの勝ちだ。

スゴロク盤には土地のマスの他に、所持金が増えるプラス駅、所持金が減るマイナス駅、特殊な効果を発揮するカードをもらえるカード駅などがある。

「期間は5年、まあプレイ時間で言ったらだいたい20分ってとこか」

「よーし、余裕余裕!」

さくさくっとプレイヤー名と順番を決めてゲーム開始だ。

最初の目的地は新潟。スタート地点の東京から10マス程度の場所だ。

「ま、最初はサイコロ振るしかないもんな、よーしいくぞ」

慣れた手つきで設定をいじってアマネ社長が走りだす。

順番が変わって俺のターンだ。

「……? どうした春賀、なんでそんなゆっくりして」

「んー、まあ気にするな、久々なんでいろいろ確かめながらやってるだけだ」

まごついた操作をしている俺に首を傾げる雨音。

そうしてサイコロを振った俺は、プラス駅に止まり、いくらかの資金を得た。

この駅に止まると、ルーレットで貰える金額が決定する。

「……」

まあ、最初の年でこれならぼちぼちだろう。

次の雨音のターン、アマネ社長はあっさりと新潟に到着した。

「よーし幸先がいい! これで新潟の物件はぜんぶあたしのものだっ」

プレイヤーはスタート時に1000万円を持って出発する。

目的地に止まると多くの報償金を得ることができ、新潟はその報償金だけで物件を買い占めることのできる土地だ。

「独占で収益2倍! ボロ儲け!」

アマネ社長はご機嫌である。

「春賀、最初の操作でまごついてるようじゃあんたに勝ちはないっ!」

「……ふ」

俺が思わず声を漏らしてしまうと、雨音はすこしたじろいだ。

「雨音、このゲームはほぼ運で決まると言われている。

だが上級者は何があっても100%に近い確率に勝てる。

……この意味がわかるか」

雨音のドヤ顔が曇る。

「まあ見てろ。……残念ながらお前に勝ちはない」

              //小カット

「なんなんだ、あんたのその引き……ありえない」

あれから俺は、サイコロの目も有利なものばかり出し、カード駅でも異常な引きで有利なものを手に入れて圧倒的な勝利を手にした。

「それが有り得なくないんだよな、お前は知らないかもしれないが」

「あんた、一体なにしたんだよ!」

「このゲームは裏システムが存在する」

そろそろネタを教えてやるか。

「初心者優遇システム、なんて言われていてな。

スタート時の操作で不慣れな手つきをしたプレイヤーが異常に優遇されるというシステムだ」

雨音が絶句する。

「意図的にそのシステムを引き出したってことか……」

「100回程度の試行でデータは揃ったからな。そこまで難しくもなかった」

しかし勝利の理由はそれだけではない。

「それから、このゲームは1年ごとにインフレ、デフレの値が設定されていてな。

プラスやマイナスの値に影響しているんだ。

これが15パターンのテーブルに分かれているから、俺は年の初めに必ずプラス駅に止まって見極めていた」

俺がプラス駅に止まった回数は、年度初めの4月に止まった5回のみだ。

「ま、このあたりは保険ってところかな」

「まだ何か仕込んでたのか……?」

「ああ、ゲームには乱数ってものが存在してるだろ」

雨音が頷く。

「アキにその乱数値の動きを解析させた。

あとはそれを自分が有利に働くように調整するだけで、カードも出目も思いのままってことだ」

「乱数調整を自力でやったってことかよ……! 補助ツールがなきゃ不可能なはずじゃ――」

「完璧な調整は不可能だが、ある程度はできるさ。

あとは純粋に俺の運が良かっただけだな」

雨音が騒いでいるが、とりあえずこれで1勝1敗。

「ラストだ、引け」

俺がもう一度箱を突き出すと、雨音は恐る恐るソフトを取り出す。

……自然とにやけてしまうな。ここまで思い通りにいってくれると。

「最後の勝負はぷよ○よ――無印だ」

誰もが知っている大作パズルゲーム、その初代バージョンである。

「さすがにお前も知ってるだろ。このゲームの真髄」

のちのナンバリングで採用された『相殺』――相手の連鎖によって送られてくるお邪魔ブロックを、連鎖によって減らすというシステム。

それが初代のこのゲームには存在しないのである。

「最速で5連鎖を組んだ方が勝てる、単純なゲームだ。

それゆえに純粋な連鎖力だけでなく、戦略が試される」

簡単な話、致死量となるお邪魔ブロックを送ることが出来る5連鎖を、相手よりはやく作った方が勝てる。

まあ、そこまで単純なゲームではないんだがな……。

「勝負は5本先取だ。

……ラストバトルにまで来てしまったが、これで最後だ。準備はいいか」

「いつでもいい! 来いっ」

最後の勝負が始まる。

画面の左右で色とりどりのブロックが積み上げられていく。

「――よっし、最速っ!」

相手に致死量のお邪魔ブロックを送る最速手は11手とされている。

雨音はその11手で5連鎖を完成させていた。

「甘いな」

同じく俺も最速手。ただし――。

「なっ、2連鎖っ!?」

このゲームでは5連鎖の他にも、致死量を送る方法がある。

4連鎖目に2色を同時に消す「4連ダブル」、3連鎖目に3色を同時に消す「3連トリプル」。

これらはすこし難易度が高いと言われているが、俺がやったのはさらにその上――。

「2連クアドラプル――2連鎖4色同時消しだ」

「で、デスタワー……」

この2連4色消しは別名「デスタワー」と呼ばれており、初代ぷよ○よにおいて最も難易度が高く、使いこなせば無敵になりうる最強の連鎖法だ。

同時に連鎖を開始した俺と雨音は、当然ながら連鎖の短い俺のデスタワーが先に連鎖を終えた。

先に5連鎖――致死連鎖を組んだ方が勝つというのは多少間違いがある。

正確にいえば、『先に致死連鎖を終わらせた方が勝つ』。

2連鎖で致死連鎖を組んだ俺は余裕で1ラウンド目を勝利し、その後も難なく勝ち星を集め――。

ほどなく、雌雄は決した。

 

              //小カット

「は、はは、負けた。やっぱ、あんた強いんだな。

あんた、やっぱり」

負けて放心している雨音は、小さくつぶやいている。

「これで満足か、勝負は終わりだ」

「……」

問いかけると、雨音はまだ悔しそうに唇を噛んだ。

「兄貴、あんなにぷよ○よ上手かったっけ?」

「いや、一昨日までは俺もここまで早くデスタワーは組めなかった」

「それじゃ、どうやって」

雨音も俺の勝利に疑問を抱いていたらしい。

「雨音、このゲームにおける最短手は」

「……11手」

「そう、11手。最終的にブロック数は22個になるよな。

そしてブロックの色は全部で4色。

これは全てランダムに選択されて出てくるわけだが――組み合わせは何通りある?」

「えー……っと、????」

計算が苦手なナツは頭から煙を上げている。

雨音もオーバーヒート寸前だ。

「4の22乗――まあざっと18億ものパターンがある。

ただ、現実的に出現するパターンはこのごく一部だ。

ま、大体100万パターンくらいかな」

「――まさか」

二人が驚愕する。

「そういうことだ。土日を使ってひたすらフウにやらせた。俺はそれを後ろから見て、おおよそのパターンを記憶したってことだ」

「あんた……本当に人間かよ」

失礼なやつだな。

「今回ばかりはさすがに俺も苦労した。

何せNEXTブロックが出るたびに、100万の中から当てはまるパターンを一瞬で引き出さなきゃいけないわけだからな」

「で、でも兄貴、ぷよ○よは今さっき勝負に使うって決まったんだよね。

それなのになんでそんな大掛かりな……」

「この箱、見てみろ」

さっき雨音がソフトを引き抜いた箱を渡す。

「何が――って、何これ、中身ぜんぶ同じ!?」

中にはぷよ○よ無印のソフトが7本――雨音が引き出したものと合わせて8本ある。

「はじめから、雨音がこれだけしか引けないように仕込んでたってことだ」

「でも、その前の勝負は? これじゃ3戦とも同じゲームになっちゃうんじゃ」

「箱は3つ用意したんだよ」

俺が棚に隠していたもう2つの箱を見せる。

「2回目に渡した箱の中には、桃鉄だけしか入れていない」

箱を逆さまにすると、同じラベルのゲームがばらばらと落ちる。

「これもアキに頼んで、全て仕入れてもらったってことだ」

仕込みの多さに二人は口が空いたままだ。

「俺の懸念は、最初の1本目にだけあったんだ。

最初に雨音が2/10の確率でぷよ○よか桃鉄を引き抜いていたら、仕込みなしの勝負になっていただろうな。

勝負は始まる前に8割決まる――この箱が、まさにその8割だった」

「……なんだよ、それ」

雨音が肩を震わせている。

「卑怯じゃないか、そんなの! そんなので負けたのか、あたしはっ……馬鹿にしやがって、くそ、くそっ!」

「……苦労はしたが、この2本は、確実に勝てると見込んで選んだソフトだった。

だがもしこの仕込みが不発だった場合も、俺はお前に勝つ自信はあった」

「うそだ、スト2ではあたしが勝ったじゃないか」

「それだけだ。他の9本、勝つ自信はある。

この仕込みは、勝負を磐石のものにするためのものにすぎない」

雨音がギリギリと歯を食いしばる。

「くそっ、くそっ!」

              //ドア開

逃げ出してしまった。

「兄貴、ちょっとやりすぎじゃ……」

ナツが不安そうに言う。

「……探してくる」

              //移動 廊下

たしかに、少し仕込みすぎたかもしれないな。

雨音はフェアな勝負を望んでいただけだ。

とはいえ俺も負けたくはない。勝負のために手段を選ばないのは、どの世界でも決して間違いではないはずだ。

              //移動 中庭

以前と同じ場所に、雨音は座り込んでいた。

「雨音――」

「あたしはさ、春賀」

俺が声をかけると、雨音が話し出した。

「あんたのとこと違って、父さんはすごく弱かったんだ」

夕焼けを見つめたまま、雨音は語る。

「それなのにゲーム好きで、いっつもあたしと勝負して負けてた。

あたしが勝つたびに、父さんは褒めてくれた」

以前俺が話したように、雨音も昔話をする。

「『雨音に勝てる人は、きっとどこにもいない』って。

あたしは父さんが褒めてくれるのが嬉しくて、ずっとゲームばっかりしてたんだ。

あんたと同じ。ずっと、勝つために」

雨音は勝ち続けるために、俺は負けないために、ゲームをし続けた。

「あたしにとってゲームは、勝ち続けるためにやるものだった。

でも、あんたはそれが間違ってるって言った」

ずっとそのことを考えていたのだろうか。

雨音の隣に座る。

「いまもまだ、あんたが何を言いたいのかわからない。けど――」

雨音の顔つきは、さっきと少し違って見えた。

「あんたとの勝負は、何か違った。

胸がざわついて、顔が、熱くなるんだ。

こんなの初めてで、何がなんだかわからなくて」

声が震えている。

「でも、やっぱり、悔しいんだ、あたしは。

あんたが、卑怯な手を使っていても、それがあんたの力。

あたしは、勝てなかった。それが、全部」

雨音の目元が、黄昏の光を浴びて揺らいでいる。

「あたしって、弱いのかな」

雫が一粒こぼれたあとは、止まらなくなっていた。

「わかってるんだ、本当は。あんたがあんなことしなくたって、あたしが負けてたってこと」

雨音は顔を上げたまま、雫をこぼし続けた。

「……親父の受け売りだが」

俺は言葉を選びながら呟く。

「ゲームってのは、遊びじゃない。人生そのもので、学ぶこともたくさんある。

俺にとってはそれが全てで、今も昔も変わらない」

雨音と同じ夕焼けを見ながら言う。

「今のお前を見てると、昔の自分を見てるみたいだ。

きっと親父も、こんな気分だったのかもな」

「……強かったんだな、あんたの父さん」

「そりゃな、俺なんか比べ物にならないくらいだ。

そんな親父に、俺も一回だけ勝ったことがある」

天下無敵の親父が、一度だけ負けを認めた勝負。

「親父も俺と同じで、勝負はいつだって本気だし、勝てるようにあらゆる手を使うやつだった。

お前と同じで負けず嫌いだったから、やっぱり負けた時も悔しそうにしてたよ」

「……」

「それでも、親父は嬉しそうだった。めちゃくちゃ笑顔でな、言うんだ。

『やっぱりゲームは面白い、人生と同じだ!』ってな」

雨音を見ると、同じように雨音も俺を見つめていた。

「雨音、お前は俺と勝負して、楽しかったか?」

雨音は口を噤んだままだ。

「俺は楽しかったよ。

心が騒いだ。全身が震えた。自然と口元が歪むくらい、俺は純粋に楽しかった。

親父との勝負でも、あんな気持ちにはならなかった。

……お前の胸のざわつきも、俺と同じだったんじゃないのか」

雨音の瞳が潤む。

「親父はずっとこれを言いたかったんだろうな。

所詮ゲームは娯楽の道具でしかない。それでも、俺やお前みたいに、本気で戦うやつがいる。

親父もその一人で、でも俺たちよりよっぽどゲームのことを理解してた」

だから強かった。純粋に楽しめなきゃ、それは本当の強さではないのだ。

「あたしは――」

雨音はまた、声を震わせて俯く。

「……ずっと、ひとりだったんだろ」

「……!」

雨音が震える。

「ずっとひとりで、ゲームばかりやってたんだろ。

……昔の俺と同じだよ、お前は。

俺は親父に負け続けてたけど、強すぎて、他のやつじゃ相手にならなかった。

お前もそんな、ひとりぼっちで戦ってたんだろ」

「――」

「そんなんじゃ、楽しさなんてわからないかもしれないな。

ひとりでやったって楽しいけど、誰かがいなきゃ面白くない。人生と同じでな」

「……あんたは、いいよな。強い兄弟がいて。

退屈しないし、そうやって本当に楽しめる」

雨音が震える声で呟く。

「あたしはっ、あたしには、誰もいない!

あんたと違って、何もない!

勝ち続けるしかないんだよ! ずっと、そうしてきた……!」

再び涙をこぼしながら、震える声で叫ぶ。

「あんたなんかに、わかるわけない! あんたなんかに――」

「いいんだよ、わからなくて」

震える雨音の肩を掴む。

「所詮違う人間だ、わかるわけがないんだ。

……それでも、俺はお前にわかってほしい」

「どうやってわかれって言うんだ!

あんたみたいに、恵まれてないんだ、あたしは……っ!

ずっと、ひとりだったんだっ、誰もっ、なにもっ――」

「今は、ひとりじゃない」

叫ぶ雨音を落ち着かせるように、雨音の頭を撫でる。

「お前はひとりじゃない。見てみろ、お前のことが心配で、探しに来たやつがいるだろ」

俺の背後からナツとフウが現れる。

「雨音ちゃん、私もう友達だと思ってたんだけどなあ……そんな寂しいこと言わないでよ」

「雨音―、あそぼーゲームー」

フウは少し眠そうだが雨音に抱きつく。

「兄貴弱すぎるから面白くないんだよね。

雨音ちゃんと格ゲーやるとわくわくするの。

雨音ちゃんは違うの? 私と同じ気持ち、感じてないの?」

ナツが声をかけると、雨音はとうとう堰を切って泣き出してしまった。

「あたしも、きっと、そうなんだ、知らないだけでっ!」

大声で泣きながら、雨音は叫ぶ。

「ずっと、ずっと、わからなかったんだっ。

あたしは、あたしは――」

雨音はしばらく、赤く染まる中庭で泣き続けていた。

 

              //小カット

「あんたたちと初めて勝負したとき、他の人と違ったんだ。

胸が苦しくて、ざわついてた。

あたしはずっと勝ち続けるために戦ってたのに、初めて負けた。

ずっとそれが、悔しいからだと思ってたんだ」

目尻を赤くしたまま雨音が呟く。

「でも違ったんだな。……きっと、あたしは楽しかったんだ。

こんなに強いやつがいるなんて知らなかった。

あたしは、間違ってただけだった

……負けるのが悔しいのは、本当だけど」

照れたように笑う雨音は、すっきりした顔をしていた。

「悔しいなら、何度でも向かってくればいい」

俺が立ち上がりながら言う。

「どんな強敵でもな、いずれどこかで勝てる。

本気で戦って、本気で楽しめばな。

……昔の俺がそうしたようにな」

俺が手を差し伸べると、雨音は嬉しそうな顔をする。

「いつでも来い。お前が望むなら、全部本気で受けてやる。

お前が俺に勝つまでな」

「……スト2では負けたくせに」

雨音がぼそっと呟く。

「それなら、もう一度やるか? 次は当然負けない仕込みをするがな」

「あんたが何企んでたって、あたしが格ゲーで負けるわけないだろ!

ふふん、いいぞ、やろう! 今日は夜通しやるぞっ」

夜通しってお前、学校に泊まるつもりかよ。

「じー」

雨音が不気味な顔をしている。

「あんたン家、ゲームたくさん置いてるんだろ」

嫌な予感がするな。

「よし、今日はあんたの家に泊まる! 決定っ!」

まじかよ。

「……まあいいか。飯も一人増えたところでたいして変わらないしな」

「へへ、やった! じゃあほら、早く行こっ」

やれやれ、さっきまでベソかいてたのにすでに犬モードだ。

今日も一日いろいろあって疲れたな、と思っていたんだが、まだ一日は終わりそうもない。

長い夜になりそうだ……。