ゲーマーズ・ハイ2

        //移動 部室

「おお、結構広いな」

「兄貴、おつかれ」

奥の部屋から出てきたナツがコーヒーを出してくれる。

どうやらキッチンまであるらしい。無駄に豪勢な部屋をもらえたようだ。

「春賀くん、おつかれ」

「お疲れ様です、桐子さん。生徒会の仕事はいいんですか」

「大丈夫だよ、これも総務の仕事だから」

「?」

ナツが不思議そうな顔をするが、桐子さんはニコニコしながら言った。

「それはそうと、部の設立おめでとう。部室は気に入ってもらえたかい」

「ええ、少し豪華すぎる気はしますが」

「きみたちには以前の依頼で世話になったからね。これくらいはするさ」

「その件はすでに会長から謝礼を頂いたので、お気になさらず」

 

桐子さんは以前俺たちに依頼をしてきた生徒会の副会長だ。

もともと生徒向けにあらゆる相談事を解決する、いわゆる「便利屋」として活動していた俺たちだったが、その内容はいたって些細なものだった。

悩み相談、愚痴の聞き手、捨て猫の飼い主探しなどなど、しょぼい探偵事務所のような簡単な仕事ばかり。

そんな俺たちの前に現れたのが桐子さんだった。

なんでも市販の会計ソフトでは無駄な機能が多く、生徒会の会計は機械に強くないので、生徒会用に設計されたソフトを開発して欲しいとの依頼。

といってもほとんどアキに任せてしまったので、俺はほとんど何もしていない。

 

「礼ならこれから入ってくる俺の弟に言ってやってください」

「それはもちろんだが、私はきみの力に感服したんだ。

……以前も言ったけれど、生徒会に入る気はないかな」

やっぱり、ここに来たのはそのためだったか。

「お断りします」

「冷たいね、生徒のために動くという目的においてはここと同じじゃないか?」

「それじゃこの部活を作った意味がなくなるでしょう」

「生徒会と部活の兼任は認められているよ。もちろん部長でもね」

「そこまでの面倒を引き受けるつもりは――」

……部長?

「部長は俺じゃないですよ」

「いや、手続きの書類上ではきみが部長だったはずだよ。

むしろそれ以外ありえないと思ったのだけれど、違うのかい」

ナツを見ると、目をそらしていた。

「いやあ、だって兄貴が一番上なんだし、ふつうは……ねえ? そーなるでしょ?」

でしょ? じゃなくてな、俺はお前に部長を任せたはずだったんだが。

まあ決まってしまったものは仕方がないか。

「……俺なんかよりも頼れそうなやつがいるんじゃないですか?

というか生徒会の勧誘なんて普通新入生からするでしょう」

「当然目星を付けている生徒はいるよ。

2年生だとしても引き抜きたいと思える力がきみにはある。

部設立前のきみの活躍は目覚しいものだったそうじゃないか」

どうやらどうしても抜擢したい様子だ。

「目星をつけているというと」

話を逸らすついでに、探りを入れておこうか。

俺はナツにカップを渡して、給湯室に引っ込ませる。

余計な口出しをされると困るからな。

「新入生の主席なども考えているんですか?」

「もちろん。主席は必ず勧誘するのは毎年のことだからね」

「さっき正門で会いましたよ、ちょっとぶつかってしまいまして」

「へえ、まさかきみも狙っているなんてことはないだろうね」

「はは、まさか。可愛らしい子だったから気になっているだけですよ。なんて名前の子なんですか?」

「聖 鏡花。あの聖財閥の一人娘でね、なんと全教科満点で合格したとか」

どうやらフウの情報と混ざって伝わっているらしい。

とりあえず、フウが引き抜かれる心配はないみたいだな。

まあ、引き抜かれたところで絶対に断るだろうけど、桐子さんにつきまとわれるのはかわいそうだ。

戻ってきたナツのコーヒーを受け取って一口飲む。

「……春賀くん、何か隠してないかな」

ち、鋭いな。

話を聞いていなかったナツは不思議そうな顔をしている。

「……いえ、うちの”弟”を引き抜くつもりなんじゃないかと懸念していまして」

おそらく桐子さんはフウの存在を知らないはずだ。

申し訳ないがアキを釣り餌にさせてもらう。

「それも考えてはいるよ。1年生のHRが終わったらすぐに行くつもりだ」

「やめておいたほうがいいですよ。というかたぶん無駄です。

アキは今日は来てますけど、これから試験日以外は出席しないと思うんで」

今度は桐子さんが不思議そうにしている。

「引きこもりなんですよアキは」

ナツが口を出す。

「というか桐子さんダメですよ、うちの大事な家族に手出さないでください!」

こうもバッサリと言ってくれるとは思わなかった。

桐子さんは鋭いし頭も切れるし、俺にとっては面倒な相手だ。

こうしてズバっと言ってくれるのは大変ありがたい。

「そうもいかない。こちらとしてはきみたち全員を勧誘したいくらいなんだ。

生徒会は今人材不足でね、とくに今は監査と議会との抗争が激化している時期なんだよ。

生徒たちの声に対応してくれる優秀な人材として、きみたちはこの上なく魅力的だからね」

やはり簡単には引き下がってはくれないか。

「きみたちが生徒会に入ってくれるというのなら、最大限の待遇で受け入れる体制を整えているのだけれど。

校則の一部を無効にする、とかね。どうだい」

どんなに餌を見せても意味はないのだが――。

俺がどう切り返そうかと悩んでいると。

        //効果音 ノック

        //効果音 ドア開

「四木くん、よかったここにいたのか」

入ってきたのは、去年俺のクラスで現代文を担当していた浅野先生だった。

「すまないがちょっと来てくれないかな」

問題児として教員から目を付けられている俺だが、とくに何かした覚えはない。

「ああ、夏樹さんもいたのか。ふたりとも来てくれるとありがたい」

何だ、俺が何かしたということではなかったのか。

しかしこれはいいタイミングだ。利用させてもらおうか。

「すみません桐子さん、今日はこの辺で終わりにしませんか」

「……そうだね、きみが生徒会に入るつもりがないことはわかった。

でもまだきみたちへの用事が済んでいないんだ。

すまないがここで待たせてもらうよ」

勧誘が目的ではなかったということか?

「……わかりました。すぐに戻りますので」

帰る素振りがまったくなかったので、諦めてそう告げたあと、浅野先生の後を追う。

やれやれ、まったく厄介な人だ。

あんな美人に言い寄られてしまったら、二つ返事で引き受けてしまいそうになる。

 

        //移動 廊下

連れてこられたのは1年生の教室だった。浅野先生が歩いて行った方向から嫌な予感はしていたのだが。

「きみの兄妹をなんとかしてくれ……」

アキとフウは俺とナツのように前後の席で並んでいた。

アキは持ち込んだノートパソコンを開いて黙々とキーボードを叩いていて、フウは一番後ろの席で爆睡していた。

何でもありだなおい。

「僕が言っても聞いてくれないんだ……助けてくれ……」

浅野先生はすでに泣きそうだ。

「それは依頼ということで、いいんですか?」

「ああー、兄貴悪い顔してる……完全に仕事モードだよ」

教員側にはすでに俺の活動は広がっているようで、浅野先生は色々察したような諦めたような顔をしていた。

「こんなことでも仕事にしちゃうんだね……わかったよ、うん、うん……」

もともと気弱な性格の浅野先生はもう泣きながら承諾してくれた。

「では、料金は後払いということでいいですね。校内では色々とよくないことがあるので、後ほど部室まで来ていただければ」

あちゃー、とナツがため息をついて浅野先生を慰めている。

 

        //効果音 ドア開

        //移動 教室

教室内に入ると、がやがやと騒いでいた新入生たちの視線が一気に集まる。

こういう目立つことはあまり得意じゃないんだがな。

「あー、すまん、2年の四木だ。ちょっと邪魔するぞ」

「兄さん、何しに来たの」

画面から目を離さずにアキが言う。

「浅野先生から依頼を受けてな、すまんがHRが終わるまで我慢してくれ」

「こんな無駄な時間過ごすくらいならプログラム組んでたほうが有意義だよ」

「今回は納期もないんだろ。それに、俺の頼み断ったらテストプレイは誰がやるんだ」

「兄さんがやらないならフウにやらせる」

「ほお、いいのかな俺に逆らって。メシは誰が作るのかな?」

アキが手を止めて俺を睨む。

「……わかったよ、どうせ兄さんは依頼になったらどんな手使ってでも完遂するんだから」

よかった、パソコンを閉じてくれた。

「すまんな、あとで詫びる」

さて、今度はフウだな。

「フウ、おい起きろフウ」

「むー」

あかん、これはガチ寝だ。

こうなるとフウは何をやっても起きない。

アレをやらないといけないのか……この大観衆の中で。

ちらりと周りを見ると、汚れのない制服に身を包んだ新入生たちが汚れの知らない眼差しでこちらを凝視している。

若干好奇の目で見ているやつもちらほら。

浅野先生が何をやっても起きなかったらこいつを、俺がどうやって起こすのか気になるみたいだ。

意を決してフウの頭をなでるように手を添える。

形のいい耳をかき分けてそこに顔を近づけると、周りから小さな悲鳴が聞こえた。

「フウ、起きないとチューするぞー」

「んむむ、だめだよーハル兄―えへへ」

「んぐ」

い、いかん、ネックロックされた。周りの悲鳴が大きくなる。

高校生でもこういった光景を学校で見るのはさすがに刺激が強いだろう。

「あれーハル兄がいる? 夢じゃなかったー」

「お、おはようフウ、HRが終わるまで寝ちゃダメだからな、我慢するんだぞ」

「わかったー、我慢する」

「あと腕を緩めてくれないかな」

「えへーやだー。ハル兄のにおいがする」

やめてくれ……新入生の目の前でこんな痴態を晒すとは思わなかった。

「あとでいくらでもしていいから……それと」

「うー」

強引に引き剥がすがまだ不満そうだ。

「あとでアキと一緒に部室に来てくれ。教室出て左側な、いいか?」

「わかったー」

「アキ、こいつほっといたらどこ行くかわかんないから頼んだぞ」

「はあ……わかったよ」

「さて……すまん、邪魔したな」

やっと解放された俺は、いまだ赤面する1年生たちの視線から逃げるように教室を出た。

        //移動 廊下

        //効果音 ドア開

「兄貴、顔真っ赤」

からかうなよ。

「浅野先生、終わりましたよ。すみません迷惑かけて」

「いや、いや、助かったよ。ありがとう、うん」

めちゃくちゃ嬉しそうに浅野先生は教室に入っていった。

普通の先生ならああいった生徒は無視してしまうのだろうけど、真面目な浅野先生は見過ごすことができなかったらしい。

まあ、おかげで便利屋――部活だから便利部とでも言えばいいのか――の初仕事がさらりと終了した。

 

        //移動 部室

        //効果音 ドア開

「やあ、おかえり」

        //立ち絵 桐子エプロン

「なんて格好してるんですか」

「ご飯にする?お風呂にする?それとも」

「ナツ、緑茶あるか? コーヒーは飽きたから入れてくれないか」

「うん、あるよ。待ってて!」

面倒だしスルーでいいか。

「つれないな。こういうのは嫌いなのかな」

「いえ、とても魅力的ですよ。桐子さんみたいな美人に家を任せたいですね」

「……不意打ちだよ。ますます手に入れたくなったな」

「? なにか言いましたか」

小声でなにか言ったようだが、すぐに顔を伏せてしまった。

「な、なんでもないよ。それより用事を済ませてしまおう」

ナツが戻ってきて隣に座ると、桐子さんは話し始めた。

「きみたちに依頼をお願いしたいんだ」

隣でナツが小さく声をあげた。

「もちろん、生徒会からの正式な依頼だよ」

まさか2度も生徒会から依頼が来るとは。

自然と俺の中でスイッチが切り替わる。

「……で、その内容は」

「ふ、やっぱりいいねその悪人顔。惚れそうだよ」

「桐・子・さ・ん?」

「そんな怖い顔しないでくれ夏樹くん、きみが春賀くん大好きなのは知っているから」

「んがっ!」

またナツが変な声を出してるな。

「べつにいいだろナツ。俺だってお前のことは好きだ」

「あああ、兄貴やめてよ桐子さんの前でそんな……」

ところでそろそろ本題に入ってくれないだろうか。

「実は生徒会のパソコンにウイルスが侵入してね。

生徒会はパソコンに疎い者ばかりだから、きみたちに頼ることにしたんだ」

情報科の生徒に頼めばいいんじゃないですか? というか、生徒会には情報科の生徒はいないんですか」

「学生議会にはいるんだけどね、総務には情報科の生徒はいないんだ」

この学校の生徒会は総務執行部、学生議会、監査委員の3部で構成されている。

その中で「生徒会」と呼ばれているのが総務執行部。

これが主な事務を行っていて、いちばんの実権を握っている。

学生議会はその総務執行部のサポートをする立場だ。

莫大な生徒数と予算を握る生徒会の、事務の負担を軽減するための機関である。

そして監査委員というものが、生徒にとってはいわゆる「風紀委員会」と呼ばれるものだ。

生徒の学園生活を監査し、総務の会計による予算組みを監査する機関。

「議会にはできれば借りを作りたくはないし、そもそも総務のデータを見せるわけにはいかないんだよ」

この3部、助け合っているように見えるかもしれないが、実は非常に仲が悪いのである。

議会は総務の権限の掌握を狙っているし、監査は総務の弱みを握るために粗探しに必死だ。

もちろん生徒のために業務は欠かしてはいないのだが。

「この依頼受けてくれるかな」

「まあ、その程度でしたらお安い御用です。

依頼料は変わらず一律1000円ですが」

「ああ。支払いは以前話したとおり部費に上乗せする形でいいかな」

以前の依頼は1ヶ月ほど前のことだったが、その時に彼女に部活の設立を提案されたのだ。

たとえ1000円でも監査の目をごまかすことはできないらしく、部費という形で支払いを先延ばしにするという話だった。

「では、契約成立ですね」

        //効果音 チャイム

おっと、1年生のHRが終わったようだ。

「ところで、これでこの便利部の初依頼主は私になったのだね。

初依頼、春賀くんの初めてを……」

桐子さんがぶつぶつとつぶやきながらくねくねと変な動きをし始めた。

        //効果音 ノック

        //効果音 ドア開

「四木くん、さっきの依頼のことなんだけど」

「イライ」

今度は桐子さんがぴしりと固まった。

「ああ、浅野先生。初依頼、ありがとうございます」

「ハツイライ」

桐子さんが騒がしいな。

「僕のクラスの生徒に君たちのこと紹介しておいたよ。たくさん依頼来るといいね」

「わざわざありがとうございます」

浅野先生は教員の中でも寛容的で生徒たちにも人気だ。

問題児の俺にも優しくしてくれる数少ない方である。

「それじゃ、がんばって」

        //効果音 ドア開

「春賀くん……初依頼は私じゃなかったのか……きみの初めては……」

「? いや依頼はさきほど浅野先生から受けたものが初めてですが」

「~~~~春賀くんの、浮気者―!」

        //効果音 ドア開

??????

勝手に喚き散らして帰ってしまった。何が何だか……。

「兄貴―、なにかあったの?」

浅野先生にお茶を出そうと給湯室に引っ込んでいたナツが顔を出す。

「いや、正直俺も何がなんだかわからない」

「あれ、浅野先生帰っちゃったんだ。せっかくお茶入れたのに。

……桐子さんも帰っちゃったの?」

なぜか、な。

「それで兄貴、依頼どうするの?」

「……とりあえずアキとフウが来てから考えるか」

まもなくふたりが部室にやってきた。