ゲー廃 雨音R5

              //別日 7日目

              //ゲーセン

雨音が格ゲー島を荒らしまくっている。

ゲーセンに着いたとたん、散歩に出た犬みたいにはしゃぎ始めたものだから、手の付けようがなかった。

「へへー、やっぱあたしは最強だ!」

とりどりの格ゲーが並んだ島を端から20連勝ずつして次の格ゲーに移動している。

格ゲーマーたちは強敵を前に鼻息荒く雨音に挑んでいる。

まるで敵将を射んとする武将のようである。

「見てろ、春賀! この勢いで100連勝するからな!」

久々に思いっきりゲームができて楽しそうだ。目がぎらついている。

「格ゲーもいいが、雨音、他のゲームはやらないのか」

格ゲーはあまり得意ではないから、雨音のプレイ――まあ一方的な虐待みたいなものだったが――を見ていたのだが。

「んー、そうだな。4台目も20勝したし、いっかい別のとこ行こう!」

キリの良さそうなタイミングを狙って声をかけてみると、立ち上がって雨音が言う。

「なあ、春賀の得意なゲームやってよ」

「得意なゲームか、そうだな――」

適当にぶらつきながら物色する。

「まあこの辺とかは鉄板だな」

俺が指し示したのは、クイズ○ジックアカデミー。

ギネスに認定されて長い間親しまれてきたクイズゲームである。

問題数は伸びに伸びて現在30万問あるという。

マジアカかー、あたしはあんまりやらないなあ。

あたしはもっとドカーンとぶわーってなるゲームがいい!」

イメージ通りである。

「春賀、やって!」

滅多に触らないゲームを前に目を輝かせている。

2人掛けの椅子に座ると、雨音の肩が触れる。

「あ――」

喧騒にかき消されそうな声が雨音の口から漏れる。

見るとやはり真っ赤になっていた。

「……は、春賀っ、は」

雨音の体温が触れた部分から伝わってくる。

「きゅ、休憩っ、しようっ! なっ、はる、はりゅりゅ」

テンパりすぎだろ……。

              //移動 屋上とか人気のないところがいいかも

              //背景データを削るために進行を変える可能性薇レ

「近くにいるとダメなんだな」

ゲーセンの屋上に移動して俺が言うと、雨音は珍しい顔で笑う。

「はは、何なのかな。わかんないや」

自嘲気味に言う雨音は、少し戸惑っているように見える。

「あんたといると、わかんないんだよ。

ほんとに、何がなんだか、わからなくなる」

困惑したまま、雨音が熱を吐き出す。

「近くにいると、顔が熱くなる。ざわざわする。

あたしの知らないことが、頭の中でぐちゃぐちゃになる。

真っ白になって、なにも考えられなくなるんだ。

胸が痛くなって、息ができなくなって、苦しくなる」

迷いながら、雨音は言葉を探していた。

「でも、嫌じゃないんだ」

雨音は潤んだ瞳で俺を見つめる。

「なあ春賀、あたしどうしちゃったんだろう。

ゲームしすぎて、頭おかしくなっちゃったのかな、はは」

不安に押しつぶされないように、両手で顔を覆う。

「雨音、俺も――」

雨音に近づいて言葉を探す。

「俺も、雨音と同じだよ」

顔を上げた雨音の目は濡れていた。

俺も同じ気持ちだよ。お前の言葉が胸に刺さる度に、胃の奥が熱くなる。

俺に張り合うお前の横顔が、コントローラーを握る手を震わせる。

「――」

言葉は喉の奥に詰まって、音にはならなかった。

「……あたしは」

それでも伝わることはあるのだろう。雨音はすべて悟ったような顔をしていた。

「あたしは、春賀のそばにいたい。一緒にゲームしたい。名前を呼んでほしい。……頭も、撫でてほしい。

あたしが知らないゲームも、春賀に勝てなかったゲームも、ぜんぶ、ぜんぶ教えてほしい」

まだ迷いのある自分に言い聞かせるように、雨音はゆっくりと言葉を並べた。

「ぜんぶ、教えてやるよ。勉強も、ゲームも、雨音の知らないこと、ぜんぶ」

やっと素直に口から出た言葉は拙いものだったが、それでも雨音に響いたようで。

「うん、うん……! 春賀、春賀っ! あたし――」

瞳の雫が風に揺られてこぼれ落ちるが、雨音は冬の日だまりのような笑顔を咲かせた。

 

              //移動 ゲーセン

「ああ、いたいたさっきの女の子!」

ゲーセンに戻ると、目をぎらつかせたオッサン達が雨音に駆け寄ってきた。

「みんな君に負けすぎてリベンジしたがってるから、戻ってきてくれないかな」

どうやらさっきボコボコにされてみんな悔しいようである。

格ゲー島はぶっ○すとか○ねとか酷い叫び声が絶えない。血の気が多い連中だ。

昔の格ゲーブームもこんな感じだったと親父が言っていたな……リアルファイトが絶えない世界だったとか。

「あんたたちじゃ相手にならないって!

……まあでも、相手してやるか、仕方ないなあ」

ウキウキしながら雨音がオッサンについていく。この光景だけ見ると社会的に危ない図である。

「春賀、もうすぐて100連勝だ、見てろ!」

「カレシの兄ちゃんはやんねえのか?」

「かかかかっかか……!」

オッサンの無遠慮な言葉で雨音が壊れた。

「俺はあんまり格ゲーは得意じゃないんでね。他のゲームなら誰にも負けないんですけど」

俺が口の橋を歪めて言うと、オッサンはぎらついた目を俺に向ける。

「ほー、若造が粋がりやがって。おもしれえ奴だ。

こっちが終わったら相手してもらおうかね」

俺と同じようににやりと笑うオッサンは、徴兵され戦場に向かう父親のような頼もしい後ろ姿だった。

向かう先はまさに戦場そのものだ。格ゲー筐体――件のスト2の灰色に汚れた筐体に向かっていった。

そしてまもなく、ボコボコにされて帰ってきた。

「ダメだこりゃ、兄ちゃんのカノジョどうなってんだ」

オッサンを軽くのして雨音はすでにトータル86連勝を飾っている。

「兄ちゃんあのコに勝てんのか」

「どうですかね、やってみないと」

「したら、兄ちゃんも男だろうが、黙って座ってレバー握れ! 男は拳いやボタンで語れ! それがゲーマーの生き様だ!」

オッサンからありがたい名言を頂いたが、あまり従いたくないものである。

雨音が99連勝目をあげるのは遅くなかった。

「記念すべき100勝目の相手は誰だー?」

雨音は誰でも来いという顔で周りを見渡すが、さすがに3桁の大台を前にして怖気づいているようだ。

「ちょうどいい、兄ちゃん行け」

オッサンに背中をぶん殴られて、一歩前に出る。

「春賀……あんたがこの100戦目の相手になるなんてな」

「奇しくも、な。格ゲーじゃお前にはまだ勝ててないからな、リベンジマッチにはぴったりだろう」

勝負のテーブルに着きながら言う。

「俺もお前との勝負以来、格ゲーも鍛えてきた。悪いがお前の連勝、2桁で止めさせてもらう」

「何やったって、格ゲーじゃあたしには勝てないよ。

格ゲー以外じゃ勝てないんだ、せめて格ゲーは……あんたには負けない」

雨音の目が燃える。

ここの連中はみんなこうなのだ。勝ちに貪欲で、ひりつく勝負を求め、誰よりも上に行こうとする。

そのまっすぐな意志が目の光に宿っている。

皺だらけの服のオッサンだろうが、営業の合間に寄ったスーツ姿の新人社員だろうが、関係ない。

誰もが、戦場に立つ戦人そのものだ。

「いくぞ雨音。今度は小細工なしだ。

イカサマも、仕込みもない。正真正銘の、戦だ」

「こい、春賀! ……そ、その顔はやめろっ!」

戦闘態勢に入ったせいで、また無意識に悪人顔が出ていたらしい。

「癖だ、見とれて負けても文句言うなよ!」

俺が軽口を叩くと、雨音は真っ赤になりながらも目を吊り上げて画面を睨む。

歓声とともに勝負が始まる。

苦手な格ゲーだろうが、ゲームであることには変わりない。全力で挑む他に、選択肢などない。

なぜなら俺たちは血を求める獣のような存在だ。敵を見たら噛みつかなければ、本能が疼いて止められない。

これだ、この強敵に向かう、ひりつく空気。自然と口端がつり上がる。

いつも心に留めていた親父の言葉が脳内に流れる。

「どんなゲームでも本気で挑め――」

口をついてその言葉が出る。

「ゲームは、遊びじゃねえ――!」

 

              //ED

              //後日要所調整する方向で