ゲー廃桐子R4

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「兄貴―たすけてよーテスト無理だよー」

休日明けの月曜日、年度の初めの学力テストを前に、ナツが苦しんでいた。

「あれほど勉強しろと言ったのに……」

「兄貴だってゲームばっかで勉強してないじゃん」

「俺は平均維持してるだろ」

「それがずるい!」

ずるくねえよ。

「っていうか兄貴大丈夫なの、桐子さんとの賭け」

「お前、気づいてないのか……」

「???」

どうやら本気で気づいていないらしい。

まあいいか、桐子さんに説明することになるだろうし、あとでまとめて教えてやろう。

              //チャイム

「とりあえずお前は自分のこと心配しとけ。

いくら教師に気に入られてても点数悪ければお咎めが来るぞ」

ま、年度初めのテスト程度じゃ大したこと言われないだろうがな。

 

              //移動 食堂

昼休みが始まると同時に、フウがアキをずるずる引っ張って教室にやってきた。

今日はテストとあってアキも学校に来ていたようだ。

ただでさえ1年生が2年のフロアにいる時点で目立つのに、それはもう人目を引く異様な光景だったので、ナツとともに4人で食堂にきたところだ。

アキは少食なのでさっさと食事を済ませて、すでにノートパソコンを開いている。

「そういえば兄さん、ウイルス騒動の報告聞いてないんだけど」

「あ、そうだったな。忘れてた」

依頼を完遂したときはアキに報告して、内容を保存してもらうのが通例だ。

「今回は校内の事件だったしほとんど見てたから問題ないけど」

アキはすでに校内のカメラの映像をチェックしたらしく、しかも依頼内容もまとめ済みらしい。

しかし何だか不満そうだ。

「アキ、今回あまり活躍できなくて不満なのか」

「つまらなかっただけだよ。ぼく向きの依頼だと思ってたのに、結局兄さんとフウだけじゃないか」

めっちゃむすっとしている。

アキはこれで結構子供っぽいところがあるのだ。

「ま、そのうちちゃんと働ける時が来るだろ。

それに今回も結構お前に助けられたところはあるぞ、安心しろ」

「……ん」

やれやれ、頼れる弟ではあるが、メンタル面が少々弱いところがあるからな。

ちゃんとフォローしてやらないと。

「アキがいてくれないとフウもちゃんとできないよー」

フウも空気を読んでフォローしている。

「あーあ、私もあんまり役に立てなかったなあ」

ナツまでそんなことを言う。

「ナツはいつも部活の助っ人とかで活躍してもらってるからな」

「やだよー、兄貴最近桐子さんとフウに甘いんだもん私も甘やかしてほしいー!」

何だその理由。

「こうなったら私も何か自分で事件起こしちゃおうかな」

やめてください。

「あっ、姫川先輩だ」

「お前らのいるところは周りの生徒の挙動がおかしいからわかりやすい」

ナチュラルに同じテーブルに座る議長。

「どういう意味ですか」

たしかに視線を感じることは多かったのだが、議長が座るとさらに視線が凄い気がする。

「お前ら学校でどれだけ有名か知らねえのか……。

イカれた4人兄弟が、イカれた部活立ち上げたなんて話題にならないはずがねえだろ」

失礼な。

「ま、今回はそのイカれたクソどもに助けられたからな。すまなかった」

「いいんですよこっちも好きでやってるわけですし」

律儀な人だ。

「しかしそのクセ毛、大したやつだな。しかも主席らしいじゃねえか。

一体アタマん中どうなってんだお前ら」

「えへへー、褒められちゃった」

フウは褒められてご満悦だ。

「まあこいつは少し特殊なんですよ。

それより大丈夫なんですか、議会の状況は」

「大した被害にもならなかったし問題ねえよ。

今回に関しては俺からも礼を言っておきたくてな」

「議長に礼を言われるほどのことはしていないはずなんですが……」

むしろ議長を巻き込んでしまったくらいだから、謝るべきじゃないだろうか。

「キリがな、最近働き詰めだったんだ。

お前らがあれこれかき回してくれたおかげで少し元気出たみてえだ」

たしかに、依頼に来た時より少し垢抜けたというか、少し素直になったというか……。

「姫川先輩、桐子さんのこと大好きなんですねー」

ナツがにやにやしている。

「ふん、腐れ縁だ、てめえらと同じようなもんだろうが」

表情も変えずに議長が言う。やはりあなどれない人だ。

「ところでお前、いい加減議長っていうのやめろ堅苦しいんだよ」

「え、なんて呼べばいいんですか」

「名字でも名前でも何でもいい。役職で呼ぶな」

とは言ってもいきなりなので少し悩んでしまう。

「壮治は自分が認めた相手には名前で呼ばせたがるんだよ」

今度は桐子さんがやってきた。

「恥ずかしがり屋だからめったに言わないけどね。どうだい可愛いだろう」

「やめろコラ。弾き出すぞ」

この2人が揃うと本当に面白い。

「では呼び方の方は改めさせていただきます。えー、ヒメ先輩」

「よしわかった、キリと纏めて畳んでやる表出ろ」

ナツが隣で爆笑している。

「ヒメー、ヒメー一緒にゲームしよー」

フウも気に入って連呼している。

ヒメ先輩もフウのふわふわした雰囲気には弱いらしく、脱力してしまっている。

「ヒメ先輩、それじゃあ兄貴とゲームで勝負して決めればいいんじゃないですか。

トランプとかで兄貴が勝ったらヒメ先輩解禁で!」

いつの間にかナツまで堂々と呼んでいる。

「まあ、それくらいならやってやるよ。

ちょうどいい、てめえのアタマ試せるいい機会だ」

何だか成り行きでそうなってしまったがしかたない。

「では、そうですね、人数もいるので大富豪なんかどうですか」

ゲームとなったら本気を出さないわけにはいかないな。

「ぼくはパス」

「フウもねむいからやだー」

フウお前誘っておいてそれか。

4人になってしまったが、まあいい。

ナツがトランプを取り出す。お前いつもそれ持ち歩いてんのか。

「ではシャッフルは私が――おっと」

ナツからトランプを受け取ってシャッフルしていた桐子さんが何枚かばら撒いてしまう。

「桐子さんって不器用なんですか」

「……」

図星のようだ。

拾うのを手伝いながらルールを確認する。

同数字4枚で革命、マークが同じで連番のカードは3枚以上なら同時出し可能、8で場を流して仕切り直し、ダイヤの3を持っている人から開始、そのくらいかな。

「カードは俺が配ります」

桐子さんから受け取って4人に分配する。

「ヒメ先輩、ゲームということなので、残念ながら俺は手を抜くことはできません」

「当然だろうが。勝負に手抜きは必要ねえ、全力で来い」

カードを配り終えて全員が手札を確認する。

「……では、申し訳ありませんが」

「春賀くん、悪い顔してる……」

「俺の勝ちです」

手札をすべてそのまま場に出す。

「え」

「ダイヤの3から2までの13枚連番、これで上がりです」

全員の目が見開かれる。ナツと桐子さんに至っては口が全開だ。

「――てめえ何しやがった」

「いや、見ての通り13枚連番ですよ。ラッキーでした」

「見りゃわかる。仕込みやがったな」

「そうだとしても、サマ無しというルールはなかったはずですよ」

「ち、確かにそうだ。くそったれ」

ヒメ先輩が手札を投げ捨てる。

……なんだこの手札、やたら強い。絵札――J以下の数字が1枚もない。

「完全な運の勝負ならオレが勝つんだがな」

相当な強運の持ち主のようだ。

「ふん、呼び方なんて何でもいい。好きに呼べ」

悔しそうだが、負けを認めて帰っていった。潔い人だ。

「……春賀くん、一体どうやって」

「え? いやさっき桐子さんがカードばら撒いたじゃないですか」

場に出ている連番13枚のカードを拾う。

「その時にたまたまダイヤの13枚が綺麗に見えていたので、ちょっと印を付けただけですよ、ほら」

カードの下部分に爪で少しだけ付けた印を見せる。

「しかし私が拾おうとして見たときはほとんど裏返っていて、数字なんてわからなかったよ」

「落ちたカードを見たんじゃなくて、”落ちている最中の”カードを見たんですよ。

そのときに13枚の位置を記憶して印を付けたってことです」

またもや桐子さんは唖然としている。

「あの一瞬ですべて記憶したっていうのかい……」

「ま、その程度でしたら簡単ですよ。

本当は色々準備していたんですが、桐子さんがばら撒いてくれたおかげで楽に決めることができました」

「まって兄貴、印付けたのはわかるけど、それどうやって兄貴のとこに集めたの?

トランプ切ったの桐子さんなのに」

「そこはただのマジックだ。いいか、こうやって」

カードをすべて集めてかるくシャッフルする。

「上から配っていくわけだが、俺のところに配るときは上からカードを取るふりをして、下から印のついたカードを引き抜けばいい。こうやってな」

そうして手際よくカードを配ってみせると、ふたりは感心してため息を吐いた。

「要するに、きみはまた詐欺で勝ちをもぎ取ったということかい……」

「兄貴、いよいよ詐欺師の未来が見えてきたよ……」

好感度ダダ下がりの模様だ。

 

              //移動 教室

              //チャイム

さーて、テストも無事終わったことだし、あとは部室でゲーム三昧だな。

「あがー」

ナツが前の席で真っ白くなっている。

「おいナツ、ボクシングもやってないのに燃え尽きるなよ、部室行くぞ」

「ハッ、うんちょっと待って」

やれやれ、今回もナツは爆死のようだな。

 

              //移動 部室

「さてゲームだゲーム。テストは肩が凝る、やっぱり面倒だな」

そうして俺がスー○ァミを起動した直後――。

              //ドア開

「春賀くん!」

桐子さんが飛び込んできた。

「て、テスト! これはなんだい、この、きみの、この」

「落ち着いてください桐子さん」

桐子さんが握り締めている紙を拝借して開いてみる。

「なんで俺の答案用紙を持ってるんですか」

「きみの担当教師に頼んで見せてもらったんだ! 答え合わせも先に回してもらった!」

なんという大胆なことを。

「見せてもらってそのまま持ってきちゃったってことですか……」

「そ、そ、その点数……! どういうことだい!」

ナツが覗き込んでくる。

「ま、満点……って全教科!? 兄貴こんなに頭よかったっけ?」

「いやお前、俺の記憶力のこと忘れてるだろ」

「……あ、そっか」

「記憶力って――」

「兄貴って一回記憶したことは絶対忘れないんですよ」

まあ絶対かどうかはわからないんだがな。

「そっか、そうだよね。兄貴テストの点数はいつも平均だからすっかり忘れてた」

「そこだよ、きみは去年ずっと平均程度の成績だっただろう!」

「いずれ交渉に使えると思って、平均点を予想して自分の点数を調整したんですよ。

無駄にならなくてよかった」

「そ、そんなことを……」

桐子さんが愕然としているが、まあこれで決着はついたな。

「桐子さん、ゲームしますか」

「……する」

なんかもういろいろ諦めた顔だ。以前桐子さんとやった聖剣○説を起動する。

「ふはは四木春賀よ、相変わらずセンスがいいな貴様!

おっと3Pは私が頂こう! マルチタップまであるとはやはり侮れん!」

どこから湧いてきたこの人。

「えー、私できないじゃん、べつのゲームしようよー」

「ふ、それならばこれだ、ボ○バーマン」

「会長、2を選ぶとはなかなかやるね……」

勝手にソフトを漁って選ばれてしまった。

「2人でやるなら5だが4人でやるなら2だ! これは譲らん!」

まあ久々に4人でやるのもいいか。

「では……やりますか」

対戦形式となると事情は変わってくるな。

「貴様、なんだその悪そうな顔は」

「あー、これは兄貴の本気モードで」

「ふ、良いぞ、どんな勝負にも全力をもって敵を屠る! これぞ戦人の心構え!」

そう、ゲームとは戦なのだ。たとえ失うものがなかろうと、得るものがひと時の快楽だけだろうと、関係ねえ。

 

              //小カット

「ダメだ勝てん。どうなっているのだ貴様の脳内は」

ひたすら俺が勝ち続けてしまい、とうとう会長がコントローラーを投げる。

「俺の頭はゲームのためだけに動いてるんですよ」

「そんなわけないだろう……しかしこの強さは異常だよ、どうなっているんだ」

唯一対等に戦えていたナツも少し参っている様子だ。

「あーもうだめ、やっぱ兄貴強いよ!

ジュース買ってくる。今冷蔵庫の中身なくなっちゃってるから」

「ああ、私も手伝うよ」

ふたりが出て行ってしまったので、電源を落とす。

「貴様一体どういう幼少期を過ごしたのだ」

「普通の生活ですよ。ただちょっと個性的な妹弟の世話をして力強く育っただけで」

「……俺の知っている普通ではなさそうだな」

「たしかに、会長は特殊な振りをしてなかなか純粋な方ですよね」

俺の言葉に眉を寄せる会長。

「何が言いたい」

「……あのウイルス騒動、実は会長はすぐにバレるように情報を操作したんじゃないですか?」

フウは事件の真相のみを語ったが、実は裏があったのではないか。

「そんなことをして俺にメリットはないだろう」

「会長、あなたは――。

桐子さんのことが好きなんですよね」

「――!」

「フウはこういうことに疎いから気付かなかったかもしれないですけど、ナツにはもうバレバレだと思いますよ。

あなたは事件を起こしたはいいものの、桐子さんが俺と仲良くしているものだから、早々に事件を解決させる方向に切り替えたんでしょう」

そもそもおかしい話なのだ。

これだけ頭のキレがいい人が、犯行の痕跡を綺麗に残しすぎている。

俺たちが真相を掴むのが、あまりに早すぎたのだ。

「無粋だとは思いましたが、真相を全て明かすまでは解決とは言えないですからね」

「……四木春賀、まさか貴様にすべて暴かれるとは思わなかった。天晴れだ」

「あーもー、牛乳売ってなかったー……あれ、兄貴どしたの」

「ん、おかえり。

ちょっと会長と青春について語り合っていただけだ」

「へえー、恋バナ? 兄貴はどんな人が好きなの? そんな遠慮しなくていいよ、私みたいな――」

「美人でゲームのうまい人がいいね。俺より強い人だ」

「私じゃダメなの……」

ナツが泣き出した。

「まあ、その、何だ。ナツも可愛いからな、あとはゲーム上手くなるだけだ、うん」

「ホント!? よーし頑張っちゃうぞー」

ナツがボ○バーマンを引っこ抜いて格ゲーをやりだした。

「四木春賀よ。……桐子はどうなのだ」

いつものように笑みを貼り付けた顔だが、その目には真剣さが宿っている。

「……ええ、タイプですよ。物凄くね」

「なっ!」

「~~~っ!」

桐子さんが真っ赤になり、ナツは固まってしまった。

「これ以上ないくらい美人で、ゲームも上手い。このまま嫁にもらいたいくらいです」

「……ふ、ふはは、面白い! 貴様やはり、支配者に相応しい!」

大口を開けて笑う会長はとても嬉しそうだ。

「期待しているぞ、我が好敵手」

捨て台詞を置いて出て行ってしまった。

「兄貴……」

「~~~~!!!!~~!!」

「やだよ~~! 兄貴はずっと私だけの兄貴じゃなきゃやだ~~~!!」

ナツは喚きだすし、桐子さんは固まったままだし、もうてんやわんやである。

余計なこと言わなきゃ良かったかなあ……。

 

              //移動 家

「ごちそうさま。フウが寝そうだから部屋連れて行くよ」

「ああ、頼む。皿はそのままでいいぞ」

フウが完食した直後にテーブルに突っ伏して寝息をたて始めたので、パソコンを開いていたアキが抱えていく。

ナツも食事を終えてふたりの食器を流しに置いた。

「ねえ、兄貴」

食器を洗いながらナツが呟く。

「桐子さんのこと、好きなの?」

「……」

「タイプだって言ってたでしょ。あれ本当なの?」

さて、どう返したものか。

「まあ、俺も親父の血をしっかり引いてるしな。美人はみんな好きだ」

「私はちゃんと兄貴の考えを聞きたいの」

ナツが俺を睨んでいる。

「兄貴は私にだって好きって言うでしょ。

……もう、隠したって無駄だって言ってるの」

水音が止まる。

「私は兄貴にどこかに行って欲しくないよ。

……ずっと私たちだけの兄貴でいてほしい。

きっとアキもフウも、そう思ってる」

俺の隣に座ったナツが笑う。

「でも兄貴はそれじゃだめでしょ?

私たちのことなんて気にしないで、兄貴は好きなようにして」

ナツが俺の手を握る。

「私たちは兄貴が幸せなら、幸せなの」

ナツは照れくさそうに自室へ逃げていった。

「……幸せ、か」

ひとりになったリビングで天井を仰ぐ。

思えば俺もナツたちの幸せばかり考えていたのかもしれない。

あいつらも、同じように俺の幸せを望んでくれていたのだ。

それなら、俺は――。