4人目R3

//翌日

 

ピピピピピピ……。

//アラーム音

「……ぁー」

無機質な電子音とともに迎える、いつも通りの気だるい朝。

日は登り始めたばかりで、窓の外の住宅街の奥から様子を見るように顔覗かせている。

最近寝覚めが悪いな……やはり頭痛の影響か。

ともあれ朝メシの準備をしないとな。ナツが帰ってくる前に用意してやらないと。

ベッドから降りてプライベート用の携帯デバイスを立ち上げると、メールが1件。

昨夜連絡を入れておいた親父からの返信だ。

『いつかお前もその件にたどり着くだろうとは思っていた。

お前が求める情報ではないかもしれないが、近々戻るから、その時にまとめて話す』

――親父、帰ってくるのか。

欠けた記憶の一部を取り戻す方法を考えていたのだが、真っ先に思い浮かんだのは親父だった。

おそらく身近で俺の幼少期を一番知っているであろう人物……。

記憶の件は、親父の情報次第になりそうだ。

 

//移動 廊下

 

1日の授業が終わり、行動を起こす前にひとまず部室に荷物を置くことにした。

相変わらず気持ちよさそうに寝ているフウを回収して部室に向かうと――。

「あれ、兄貴ドア開いてるよ」

鍵を開けられる奴は登録してある俺たち4人だけのはずだが……。

嫌な予感を感じつつ中を覗き込むと。

「おー、遅かったなーお前ら。待ちくたびれたぞ」

「おっ……おっ……!」

「親父!?」

「よ、久しぶり」

何で親父が……!

「久しぶり、じゃないよ、何でこんなとこにいるの!」

「あー? いいだろ、ちゃんと来賓として許可も取ってる。

春賀には言ってあっただろ、何だお前伝えてなかったのか、だらしねえやつだな」

学校に来るとわかっていれば伝えてただろうな……。

「今やってる企画が一段落ついたから久々に我が家の空気でも吸おうと思ってたんだがなー、どうせお前ら4人同じ高校だからっつってはしゃいでドタバタやってんだろ?

家に行っても入れないと推理してこっち来た」

こっち来たじゃねーよ鍵はどこやった。

「鍵なんか数え切れないくらい持ってっから探すのがめんどくせえんだよ。何百人の合鍵持ってると思ってんだ」

本当に何百人の合鍵持ってんだよ……。

「こっち来たのはわかるけどどうやって入ったの」

「こんなもんちょっと弄れば開くだろ。なんだお前こんなセキュリティ信用してんのか」

だったら家の扉もちょちょいと弄って開ければいいだろが。破天荒すぎて何も言えない。

 

世の中にはなんでもそつなくこなす人間がいる。親父はそんな優秀な人間のうちのひとりだった。

世の中の人と違うところは、親父には出世欲というものが微塵もないところだ。

自分が面白いと思うことを追い続けて、名を残すことは考えていない。

結果、知人の研究室を借りて謎の研究を繰り広げたり、東奔西走し謎のコミュニティを作り上げて帰ってきたり、正直息子の俺にも親父が何をしているのかまったくわからない。

ただ、親父はわりとまともな現実主義者であり、収入が途絶えることがない。

しかも一般的な家庭よりも断然多い収入を得ているので、俺たち4人は比較的裕福な暮らしを送っていられるのである。

 

「まーお前らの話を聞くのも面白そうだが、オレに聞きたいことがあるんだろ」

ナツが給湯室に引っ込んでお茶を用意し始めてから、親父がとうとう核心を語りだす。

「春賀、お前の一番最初の記憶はどこだ」

「……よく、わからない。その最初のあたりの記憶を思い出そうとすると、頭が痛くなる。

その辺りだけ景色がぼやけてて、前後が曖昧だ」

「なるほど。夏樹、お前がうちに来た日は覚えてるか」

「うん、小3のときだよね。親父とお母さんが離婚して、親父に連れられて今の家に来たんだっけ。

あの頃は子供だったからよくわからなかったけど……親父ほんと頭おかしいよね」

100万人いたら100万人がそう言うだろう。何せまともな職を持っているわけでもないのに、3人の女性と入籍して即離婚、ちゃっかり生まれた子供は引き取って自分の家に住まわせているのだ。

しかし100万人がおかしいと言って控えることも、100万1人目の人間は平然とやってのけてしまうのである。親父はまさにその選ばれし1人なのであった。

謎なのはその収入源である。4人の子供を養って有り余る財力を、一体何をどうやって得たのか……。

「でも、私はちゃんと感謝してるよ。親父がそうやってクズみたいなことしてくれたおかげで、私は兄貴と、アキとフウと家族になれたんだもん」

「褒められてる気がしねーんだが」

親父がひげを撫でながら呟く。

「秋人と冬花も似たような感じだったな。春賀の記憶にない部分を知るやつは、オレ以外にいない。

……さーて、ここからは少しデリケートな話になる。春賀、お前にだけ教える」

「えー、何で、私たちにも教えてよ」

「デリケートだっつってんだろ。……お前らが知るのは、春賀に伝えてからだ。おとなしく待ってな」

 

//移動 中庭

 

親父がこうやって簡単に来賓として校内に入れるのも、学園長と謎のコネクションを持っているらしく、結構な権力者として知られているかららしい。

更に校舎の設計者と親しい仲で、一部のデザインの設計も親父が噛んでいるとのこと。親父が迷わずに中庭に来れたのもそれが理由だ。

中庭には生徒がまばらに残っていたが、会話を聞かれたところで困る相手はいないだろう。

不審者まがいのツラの親父を遠巻きに警戒しながら会話を続ける生徒をよそに、空いていたテーブルにつく。

「これ以上もったいぶるのも何だしハッキリ言うわ。お前は事故に巻き込まれて記憶を失くしたらしい」

「事故って……そんなことまったく覚えてないぞ、本当なのか」

席に着くなりあっさりと告白する親父に面食らいながらもそう返すと、呆れたように親父が息を吐く。

「記憶を失くしてるんだから当たり前だろーが、何を言ってんだ」

「いや、そうじゃなくて……そもそも俺は最近まで記憶を失っていたこと自体知らなかったんだぞ」

「……順を追って説明することになるが、まずお前のそのずば抜けた記憶力のことからいこう。

お前のその力は記憶を失った反動で生まれたものだ。

これは医者から聞いたんだがな、そういう記憶能力の高い奴ってのは、欠けた記憶を強引に補完して、自分に都合のいいように書き換えるらしい」

……つまり俺の記憶力が失った記憶の矛盾を嫌って、適当な思い出で埋め合わせたってことか。

「まそんな感じだ。時間が経って『忘れたこと』自体忘れていたお前が再び事故以前の記憶に触れようとしたせいで、その強引な補完の綻びに気づいたってわけだ。

普通のやつだって小学生の記憶なんぞ必死こいて意識しなきゃ思い出せないようなもんだし、そもそも記憶のないお前には脳に負担がかかりすぎたんだろうな。頭痛の原因はそれだ」

親父の話は記憶のない俺にとっては信じがたいものではあるが、理屈は通っているような気はする。

しかし記憶を失ったことがわかっただけで、実際に重要な話は聞けていない。

「……聞きたかったのはこれだけじゃないってか」

親父は俺の顔色を見て全てを悟っていた。

「待ってろ――」

俺が口を開く前に、親父が制して目を光らせた。

親父のこの雰囲気は、俺たち4人がゲームをするときの気配に似ている。

――本気の目だ。

「――情報が少ないせいで推測混じりにはなるが、なるほど大体わかった」

フウの推理力は親父譲りのものだ。親父のIQはフウほど高くないにしろ、あらゆる情報から物事を把握する能力が高い。

俺が何かを説明する前に、散りばめられた情報で大体推理してしまったのだ。

「となるとひとつ面倒なことができちまったな……春賀、今日のところは終いだ、戻りな」

親父が席を立って背中を向ける。そのぎらついた目で何かを見ているようだが……。

「おい、親父、どういうことだよ」

「……お前らが今追ってる事件、オレが解いちまうのは些か不便がある。

今オレの口から情報を与えるわけにはいかなくなった」

どういうことだ……?

「まー自分らで何とかしろってこった。次に会うときには色々教えてやれると思う。

それともできないってか? お前らは俺の自慢の子供だと思ってたんだが」

「……わかったよ」

「物分りがいいな」

「俺にはフウのように推理力があるわけじゃないが、4人の中じゃ一番聞き分けはいいほうだと思ってるから」

「長男なんだからそれくらいの度量は当然なくちゃ困る。

オレがお前に家と家族を任せてるのはただの気まぐれじゃねーからな。

オレの血を一番強く継いでるお前になら任せられると思ってるからだ」

何か褒められたっぽいが。

「お前らになら解ける。何も複雑な事件じゃない。お前の指揮力次第だ、やってみろ」

「やってみろ、っつったって……親父この依頼の内容わかってるのか?」

「内容は知らないがどうせ転校生が訪ねてきたんだろ」

何でわかるんだよ……。

「……ま、ヒントだけくれてやるか。お前らから見えている部分に真実はない。

得られる情報の8割が偽物だと思え。

あとは、いつも言ってることだ。人生はゲームそのもの、お前らがどんな奇っ怪な事件に直面しても、謎解き気分で気楽にやればいい。じゃあな」

「じゃあな、って……おい親父どこ行くんだよ」

「野暮用ができたんだよ。まー気にすんな、お前らの都合が悪くなるようなことはしねーから」

親父は生徒から避けられながら去っていった。

一体何がなんだかわからない。親父はあの一瞬で何が解ったのだろうか。

そもそも親父は依頼内容は知らないと言っていた。依頼内容を知らないのに全て解ったというのはおかしな話だ。

しかし親父が全てを理解したうえで俺たちに託したということは、この事件は既に終わっている、ということか?

「……まったくわからん」

俺の頭じゃどうにも真相にたどり着くことは無理そうだ。

――俺の指揮力次第、か。

ひとまず戻って情報の整理だ。今の情報量で親父が解けたのなら、フウにも解けるかもしれない。

 

//移動 部室

「――という感じだ。どうだ、フウ」

俺の膝上で寝息を立てるフウに淡い期待を込めて声をかけるが、溶けかけたシェイクみたいにぐでーんとした眠り姫は起きなかった。

「まだ情報が足りないか……」

しかし親父に解けてフウに解けない、ということはないはずだ。推理力においてフウは親父よりも優れている。

……となると、親父は持っていて俺たちにない情報がまだあるということか?

「そういえばあの子今日は来ないのかな」

俺が思案しているとナツが呟く。ナツは考えることにおいてはチンパンジーよりも苦手な性格で、こういう依頼になるととことん的外れな発言をするのである。

「そういや毎日俺らを監視するみたいに来てたのに――」

//ドア開

乱暴にドアが開かれる音がして振り返ると、件の彼女が青ざめた顔で入ってきた。

「――お前、その傷……!」

二の腕に押し付けられたハンカチに鮮血が滲んでいる。

「ナツ、救急箱持ってこい! 止血と消毒!」

「ちょっと何なの、どうしたのこの傷!」

俺が叫ぶより早く飛び上がったナツが救急箱を引っぱり出して駆け寄る。

「また襲われたのか……!」

震える体を抱くようにして小さく頷く。

「場所はどこ」

いつの間にか眠りから覚めたフウが静かに問う。

「どこで襲われたのか聞いてるの。答えて」

「……同じ、場所」

「アキ、カメラは」

//コール音

顛末を見ていたであろうアキからのコールだ。

『近辺200m以内のカメラ53箇所分監視してるけど怪しい人影はないよ』

「監視エリアを500mまで伸ばせ! 1時間前からの録画ファイルもチェックしろ!」

「あ、兄貴、落ち着いて!」

『……いつもの兄さんらしくないよ。そんな量ぼく一人じゃさすがにモニタリングしきれない』

まったくその通りだ。怒りがこみ上げて自分で制御できない。このままじゃ3人にまともな指示も飛ばせないだろう。

「ハル兄、慌てても犯人は捕まらない」

「…くそッ」

俺の様子は3人から見ても異常だったようだ。荒く息を吐いて椅子に座り、ナツの応急処置が終わるのを待つ。

「そんなに深くない傷だから大丈夫だと思うけど、念のため病院には行ったほうがいいよ」

「襲われた時の状況を教えて」

狼狽える俺とは逆に、フウは冷徹なまでに落ち着いている。

「フウお前、落ち着いてないのにいきなりそんな――」

「落ち着いていないのはハル兄だけ。それに、2回目が起こってしまったら、もう話せないなんて言わせない」

フウはちゃんと周りが見えている。起こらないと高をくくっていた2回目の事件が起きてしまった――つまり、もう悠長に捜査を進めている状況ではなくなったということだ。

次にいつ新たな犠牲者が出るかわからない。

「……最初と同じ。後ろからいきなり襲われて」

「そう」

フウはもういいと言わんばかりに、彼女の言葉を遮った。

「ナツ姉、病院に連れて行ってあげて」

「わかった」

ナツと彼女が立ち去ったあと、フウは俺の膝の上に座って足を殴ってきた。

「フウのハル兄は、そんなにみっともない人じゃない」

「痛っ、フウ、やめっ」

「フウのハル兄は、いつもフウたちを正しい方向に導いてくれた」

足にフウの拳が刺さる。

「フウは、かっこ悪いハル兄なんて見たくない。ゲームしてるハル兄は、もっとかっこいい」

足を打つ拳が、優しく俺の手に触れる。

「もう少し、もう少しでぜんぶわかるから――ハル兄は、ちゃんとフウを導いて」

フウの背中が俺の胸に触れる。全てを委ねてくれている。

――お前になら任せられる。

親父の言葉が響く。

「……もう大丈夫だ、ごめんな、フウ」

「わかったらいいの。それより、さっきのハル兄は、へん」

それは俺自身でもおかしいと思っているところだ。

「俺のことはもういいよ、それより事件を紐解いていこう。フウ、まだバッテリーは足りるか」

いつフウがまたすやすやしてしまうかわからないし、今のうちに真相に近づいておきたい。

「大丈夫、ハル兄の膝で燃料補給したから」

そんな簡単に回復できるのかお前。

『兄さん、1時間前まで遡ってデータ調べたけど、ひとつ気になるところがあったよ』

どうやらさっきの通話から繋ぎっぱなしだったらしい。スピーカーからアキの声が響く。

『部室のディスプレイにデータ送るから見て』

ディスプレイに映像が表示される。今から20分ほど前の監視カメラの映像だ。場所はここから犯行現場に向かう時に通る道。

『ここだね』

なんか見覚えのあるシルエットが――。

「……親父か、これ?」

ディスプレイの中で親父が鋭く目線を左右に飛ばしている。何かを探っているようにも見えるが――。

『あのクソ野郎、一体何してるんだよ』

アキとフウは親父のことが嫌いだ。理由はもちろんあるが、それはまた別のところで語ろう。

「……アキ、あの人の動きを調べておいて」

『わかった』

フウは何か思い当たることがあるらしく、アキにそう言うだけで画面には目を向けなかった。

「アキ、さっきはすまなかったな」

『ふん、別に。よく考えたらこの程度のモニタリング余裕だよ。さっきは無理って言っちゃったけど』

「……ちなみにモニタリング範囲を500mに広げると監視カメラの数はいくつになる」

『487箇所になるね』

本当に申し訳ないことをした。

『……兄さんはぼくらの司令塔なんだからそんなこと気にしなくていいんだよ。

兄さんがどんなに無茶なこと言ったって、そもそもぼくにできないことなんてないんだから。

……あーもう、切るからさっさと事件解いて』

通話は切れてしまったが、あの感じ……めっちゃ照れてるな。

珍しく似合わないことばかり言ってるから恥ずかしくなったんだろう。

「よしフウ、情報を整理しよう。今どれくらいわかってるんだ?」

「もうほとんどわかってる」

ほとんど、か……。

事件の核心にはあと一歩足りないってところか。

「ただの通り魔ならもう終わってた。でも今回みたいな奇妙な事件には必ず人の意思が関わってくる。

何もかも暴くまで、終われない」

普通の犯罪ならフウの仕事は簡単だ。ねずみを追い込むみたいに容疑者を絞って、墓を残らず掘り返すみたいにして犯人を特定すればいい。

だが今回は異常なほど奇妙だ。何せ犠牲者が1人しかいないのに、事件は2度起きた。目撃者もカメラもその姿を捉えていない。

その上被害者は俺の失われた記憶に関わる人物だという話だ。状況の整理だけでお腹いっぱいだ。

「現場に行く」

//移動 廊下

フウが立ち上がってがんがん歩き出してしまったものだから、部室の施錠をして追いかける。

「現場に行って何かわかるのか?」

「たぶんほとんど意味はない」

じゃあ何で、と言おうとした俺を遮ってフウが繋げた。

「でも、どうしてもひとつだけ知りたいことがある。行って、それがわかるかどうかはわからないけど」

俺にはフウが何を見ているのかわからないが、俺たちのブレインが望むからには連れて行ってやらないと。

 

//移動 庭園前

件の現場に近づくにつれ、俺の頭痛が次第に酷くなっていった。

「ハル兄、顔色が悪い」

「……大丈夫だ」

「汗もすごい。また頭痛なの?」

「……」

実際、返事ができない程度にはきついが、痛みよりも困惑の方が大きい。

……例の彼女はナツが看ているはずだ。ということは、俺の記憶に関わるものがこの先にあるんじゃないか。

この先に行けば何かがわかる。俺の記憶の謎を解く鍵――。

//EF ブラックアウト

……あれ……視界が……。い、いかん、頭が……力が、入らない……。

「ハル兄……ハル兄? は、ハル兄、どうしたの、ハル兄……!」

フウの悲痛な叫び声が闇の中でこだまする。

どうした、フウ。お前がそんなに狼狽えるなんて、珍しいな。何か怖いことでもあったのか?

兄ちゃんが、守ってやらないと……。

 

//回想 リビング

――とーさん! とーさん!

……ああ、何だ、いつの間にか寝てたのか。

――ゲームしよ、とーさん!

何だ、俺を呼んでるのか、こいつ。5歳くらいかな……はは、俺に息子ができたらこんな顔なのかな。

――おれもとーさんみたいにつよくなりたい!

そうか、頑張れよ。俺も昔はそうやって親父の背中ばかり追ってたな。

――とーさん、昔があったの?

当然だろ、俺だって人間だ。お前みたいに子供のときもあったさ。

――なら、証明してみせてよ。

//移動 庭園

ここは?

――とーさんの記憶の中の場所。

へえ、綺麗な場所だな。

――春になったら、花で一面虹色になるんだ。

そうなのか、見てみたいな。

――おれ、ここで約束したんだ。春になったら見に来ようって。

いいじゃないか、誰と?

――それは、とーさんも知ってるよ。

俺はお前の友達なんか知らないぞ。

――忘れてるだけだよ。

……そんなの、何でお前が知ってるんだ?

――おれは、とーさんの記憶だから。

うーん、よくわからないが、いいか。

今は色のない景色だが、いずれ七色の絨毯を目にすることもできる。

そのときには隣に誰がいるんだろう。俺の記憶なら、教えてくれるかな。

「兄貴ー!」

「兄さーん」

「ハル兄ー」

おっと、あいつら俺の帰りが遅いから、心配して来てくれたのかな。

――とーさん、もう帰ろ。待ってるよ、4人とも。

そうだな、じゃあ帰るか。

――覚えてたら……覚えてたら、思い出して。おれのこと。おれが、とーさんの中にあること。

 

//EF ホワイトアウト

4人目R2

//移動 部室

件の依頼人が部室にやってくると、当然のように頭痛がやってきた。

通り魔に襲われたときの状況を詳しく話してくれるということなので、3人に任せて給湯室に引っ込むことにした。

頭痛薬を飲んで体調がよくなってから戻ると、すでに仲良くなったらしいナツが楽しそうに話していた。

「おかえりー兄貴、大丈夫?」

「ああ、すまんな」

「……あなた、何か持病でもあるの?」

彼女が首を傾げながら聞いてくる。

「最初も、そんな感じで具合悪そうにしてた」

……この反応――。

「いや、ちょっとコンタクトがずれたから直してただけだ。最初に会った時もコンタクトが落ちて探してたところだったんだ。

ところで依頼の話はどうなったんだ」

ナツが何か言いたそうな目をしていたが、察してくれるようにあえて目を向けずに椅子に座る。

「襲われたのは最初にここに来た日の下校中だって。後ろからいきなり切り付けられて犯人の顔もわからないらしいよ」

「襲われた場所は?」

「……フラワーパーク」 //※自宅と反対側の学区、小学校が近くにある

「学校はさんで反対側のとこか」

「私たちがあんまり行かないとこだね」

とくに用事もないしな。……それにあそこは何か近寄りがたい雰囲気がある。

「……しかし情報不足だな。アキ」

「もうやってるよ。学内サーバでスレ立てて情報集めてる」

「じゃあ、私はそのあたりに住んでる子に聞き込みしてくるね、っと、兄貴ちょっときて」

//ドア開 移動 廊下

「何であんな嘘ついたの?」

コンタクトなんて付けてないからな……。

「ちょっと引っかかるところがあっただけだ。あの様子だとあいつは俺の頭痛には関わってなさそうだ。……俺への悪意を隠してるわけじゃなければな」

ナツの小声に合わせて小さく囁く。

「彼女が意図的に俺に影響を与えているのでなければ、頭痛のことは隠しておいたほうがいい。

少なくとも、隠した場合のメリットの方が今は重要なように見える」

「うーん、よくわからないけど……とりあえず私たちも隠すようにしたほうがいいんだね」

「お前は何も言わずに普通にしてろ……」

ナツは俺とは正反対で嘘が下手くそなのである。

「あいつ……何かところどころ引っかかる部分があるんだよな。

違和感を感じたからとっさに誤魔化したんだが……ひとまず何かわかるまで隠していよう」

「オッケー、わかった!」

//ドア開 移動 部室

「……あなたは何もしないの?」

部室に戻ると、二人が行動を始めたのを見た彼女が呟く。

「今のところはな。……というか、いつもこいつらが働くから俺はすることがなくなる」

結果俺は一番上なこともあって指示を出すだけの木偶の棒になってしまうわけだが。

「ま、俺が出なきゃいけないと感じた時は動くけどな。今回は現場に行くことがあったら危険だから俺が行く」

「何で! 兄貴一人じゃ危ないでしょ! 私も行く!」

ナツお前聞き込み行ったんじゃなかったのかよ。

「兄さん一人に任せたら何もわからないまま犬死にしそうだしぼくも行くからね」

「フウもいくー」

「……とまあ、こういう風になるから滅多なことがなきゃ俺は働けないってわけだ」

「……信用されてないんじゃない」

何か辛辣な言葉ばかり出てくるな。

「どうせ暇だしゲームでもやるか」

「フウもーやるー」

フウもしばらくは出番がないだろうしな。

「たまにはぼくもやろうかな。スレは立てたけどこの時間は動きが少ないから」

「4人いるし、久々にス○ブラでもやるか」

大乱闘ス○ッシュブラザーズ――言わずと知れたニ○テンドーの名作である。

「スマ○ラは初代に限る。以降の作品はぬるぬるしすぎてゲーム性がなさすぎるからな」

しかしこのコントローラーも久々に握ったな……相変わらずいやらしさを感じるフォルムだ。

「手始めにゴリラで遊んでやる……お前ら覚悟はいいな」

にやりと口元を歪めると二人が嫌そうな顔をするが、彼女はふんと鼻を鳴らすだけで微塵も動じない。

相当な自信があるとみた。やはりなかなかの手練れだな。

「というかわざわざ俺たちに付き合わなくてもいいんだぞ。最後まで近くにべったり付き添ってなくてもちゃんと依頼は完遂するから、不安かもしれないが――」

「別に、私は不安だからここにいるわけじゃない」

じゃあ何で――と言いたいところではあったが、どうにも彼女には何も聞けない雰囲気があって口に出せない。

まあいいか。……ところで開幕早々俺のド○キーコングが緑の剣士にボッコボコにされているアカン。

「狡い戦い方しやがる……」

「ゲームの勝負に卑怯も汚いもない」

試合が始まった瞬間に雰囲気が一変した彼女が小さく呟く。

「……面白い」

久々に血が躍る。厳しい闘いになりそうだ。

 

//カット

「二人とも強すぎるんだけど」

しばらく勝負を続けているとアキが根を上げてコントローラーを投げ出した。

フウも半分寝てやがる……勝負のレベルが高すぎてついてこれていないようだ。

「トップ率は丁度半々か。……タイマンでケリつけるか」

俺の常勝を妨げている彼女は心なしかオーラを纏っているように見える。

「しかしただ闘うだけじゃつまらないな。勝ったほうが負けた方に1つ命令ができるっていうのはどうだ」

「……いいの?」

何がだ。

「あなたじゃわたしには勝てない」

「……結果が全てだ。語るのは終わってからにしな」

俺が挑発すると、珍しく彼女はむすっとした顔になる。

「よし、じゃあ同意したってことでいいな。いくぞ」

 

//カット

熱い闘いを制し、額に浮かんだ汗を拭いながらコントローラーを置く。

「……何をしたの」

実力は互角。苦戦を強いられたが、事前に打った布石のおかげで勝ちをもぎ取ることができた。

「俺が勝負を持ち掛けた時点で勝敗は決まっていたんだよ。

あれだけ4人で試合をやって、俺とお前のトップ率がまったく同じなのに違和感を感じなかったのか?」

「……試合結果を操作したっていうの?」

「ああ。実は初めからお前にタイマンの勝負を持ち掛けるつもりだった。4人で戦っても本気の勝負はできないからな。

お前は数試合で俺の動きを把握しきったつもりでいただろう。

試合結果を左右するついでに闘い方をあえてお前に読み取られやすいように動いておいた。偽の立ち回りを刷り込ませたってことだ。

まあ、それでも最後の試合で俺の動きに合わせて立ち回ったお前には感服せざるを得ない。だが――」

「――負けは、負け。言い訳する気はない」

潔いな。

「……それで、あなたはどんな卑猥なことを命令するの」

こいつ俺を何だと思っていやがる。

「ゲームが強い女は好きだからな、そういうのも魅力的――そんな顔するな、冗談だ。

考えておくよ。必要な場面で使わせてもらう」

「兄さん、ひと段落ついたならちょっと来てよ」

「何か情報が入ったのか」

アキのノートPCを覗き込むと、武骨なデザインの掲示板が表示されていた。

「情報は集まったか」

「……今のところ有益な情報はない、けど――」

アキが怪訝な顔で言葉を切る。

「……ここか」

 

88: 《名前》 2035/04/00( ) 16:42:13:78 id:YUw1w2hU0.net //日付・名前はあとで

そういやあそこ昔なんかの博覧会の会場だったんだよな

名残で今たまにイベント会場に使われたりしてるんだけど客が集まらないらしい

使い道もないし維持費もすげえから市が潰すっていう発表してたんだけどまだ残ってたんだな

 

89: 《名前》 2035/04/00( ) 16:43:32:12 id:eSELQgqO0.net

 

>>88

それ聞いたことあるけどデマだろ

今度あそこで何かやるって話聞いたし、オケ部が今年あそこのホールで演るっつってたぞ

何か客呼ぶイベント始めるんじゃね

 

93: 《名前》 2035/04/00( ) 16:51:01:80 id:SerOvEzL0.net

 

帰るときあの中通るけどマジ過疎ってるぞ

フラワーパークとか言っても今はもう手入れされてなくてほとんど花なんか咲いてねーし

うちの学校のやつが帰りに通るくらいであとはよくわからんババアしかいない

つか>>1はなんであんなとこの情報求めてんの?

 

「関係ありそうだが……」

「なんとも言えないね。……それよりもう結構レス溜まってるのに通り魔の情報は出てこないね」

たしかに、これだけレスが溜まっていてひとつも目撃情報が出ないというのはおかしな話だ。

「ハル兄ーフウはー? おしごとー」

ナツもアキもせっせこ働いているのを見て我慢できなくなったらしい。

「んーそうだな、犯人は誰だと思う?」

フウが抱っこをせびるので膝の上に乗っけてやりながら聞いてみる。

「Zzz」

まあ、覚醒してない時点でまだ見当もついていないことはわかりきっていたが。

「……その子に聞いても無駄に見えるけれど」

フウの様子に不安を感じたらしい彼女が呟く。

「そうか? 俺には頼もしく見えるが」

俺の言葉に呆れたように息を吐く。

「何だ、フウがただのねぼすけだとでも思ってるのか」

「そう思わない人がいたら教えて欲しい」

こいつ口数増えたな……。

「フウ、何のゲームがしたい?」

「んーぷ○ぷよー! フィーバー!」

フウの大好物である。

「ぷよ○よは得意か?」

PS2のコントローラーを渡すと、彼女は訝しみながらも勝負モードに切り替えている。

「負けたことはない程度」

自信ありってことな。

「ぷ○ぷよ~♪ ぷよ○よ~♪ ぷぷぷぷ~よ~♪」

超マニアックな「ぷよ○よのうた」を口ずさみながら左右にぶるんぶるん揺れるフウ。落ちそうで怖いからやめてくれ。

そんなふわふわしたフウも、キャラ選択を終えゲームが始まるととうとう覚醒する。

いつもどおり、ほんわかした空気からいきなり氷点下レベルのオーラを纏い出す。恐ろしいやつだ。

「1回でも勝てたらさっきの勝負なしにしてやるよ」

察した彼女は生唾を飲み込んでにやりと口元を歪める。すげえ悪そうな顔してるぞ。

//カット

結局、20戦を完封して勝ったフウは満足気な顔で眠りに落ちたのである。

「Zzz」

「ま、これでわかっただろ」

「この子は誰なの」

人の話聞いてんのかこいつ。

「……前も言ったろ、こいつは俺の妹の冬花」

「そっちのパソコンの子も妹なの」

「ぼくは男だよ! 制服見ればわかるだろ!」

まあそこは仕方ないと思う。

「そっちは秋人。正直俺もこいつの性別には疑問を感じることがままあるからこの際妹でもいい」

「よくないよ!」

アキがぎゃあぎゃあうるさいが紛らわしく生まれたお前が悪い。諦めろ。

「……」

何かまた不満げな顔してるぞこのお嬢様。

//ドア開

「たっだいまー!」

「お、早かったな。どうだった」

ナツが下品にドアをぶち開けて帰ってきた。

「うんにゃ、もうなんにもなかった。あっちに住んでる子探して聞いてみたけどなーんにもなかったよ」

……いよいよわからなくなってきたな。

「それとこの学校の子、あの中通って帰る人が多いらしいんだよね。結構敷地が広いから迂回すると時間かかるっぽくて、みんな真ん中突っ切るんだってさ」

「結構人通りはあるってことか……これは実際に行ってみるのがいいか」

「犯人が出ても私が撃退するから大丈夫だしね!」

「アホ、お前らを危険なとこに連れてく気はない。

もっと情報を集めてからだ。できれば犯人の目星をつけてからが望ましいな」

「フウ次第ってことだね!」

「でもこの調子じゃまだ先は長そうだね。次の被害者が出たらどうするの」

「……おそらくだが、その可能性は低い」

「その根拠は」

「通り魔のような快楽主義系の犯罪者は連続して犯行を重ねる場合が多い――というのを聞いたことがある。

現段階で被害が出ていない時点で、ひとまず被害が増えることはないだろう、っていうことだ。

まあ半分はただのカンだけどな」

「カン、って……でも、なるほどねえ」

ナツが納得して頷いているが、アキはまた思案顔だ。

「別の場所で犯行が行われる可能性があるんじゃないの?」

「そうなった場合は俺たちじゃ対策のしようがない」

「じゃあ、他の生徒みんなに知らせておいた方がいいんじゃないの? 校内ネットで何か作ったりして」

「大した効果にはならない。犯人の特徴もわかっていないしな。

それに不安を煽った結果警察にでも連絡されたらアウトだ。依頼内容に反する行動はしない」

警察沙汰にはしたくないという彼女の意思を尊重すればの話だが。

「でもこのままじゃどうしようもないんじゃない? もっと積極的に動かないと」

アクティブなナツは前衛的な行動を好むのである。

//チャイム

「っと、下校時間か」

今日はひとまず帰って作戦会議だな。

//移動 廊下

「……あなた」

部室をロックして廊下を歩き出すと、彼女に呼び止められる。

「高校に入る前は何をしていたの」

「中学の頃か? 何を、って……特に変わったことはしてないぞ。ひたすらこいつらとゲームしてたが」

「……そう」

それだけ言って彼女はさっさと先に行ってしまう。また謎が増えたな……。

 

//移動 自宅

「さて……これからどうするか、だな」

食事の中頃で会話を切り出すと、珍しく真っ先にアキが口を出す。

「そういえばある程度調べられたから一応教えておくよ」

「何か掴んだのか」

「あの女のことだよ。母親と妹の母子家庭で、両親は10年くらい前に離婚してる。

母親が結構なキャリアで、仕事で3年ごとに転勤してるらしい。

今年この辺りに引っ越してきたからうちに転入したんだってさ。

他にもいろいろ調べたんだけど、気になる情報は特にナシ。正直、普通の人だね」

すこし特殊な来歴ではあるが……。

「……ただ」

アキが眉をひそめて呟く。

「母親が転勤を始める前は、この街に住んでたらしいんだ」

「それが何か引っかかるのか?」

「……あの女、小学校は兄さんと同じ学校に通ってる」

「えっ、でも兄貴、あの子とは初対面なんじゃないの?」

「あ、ああ、そのはずだ。そのはずだが……」

俺の通っていた小学校は1学年60人程度の小さな学校だった。

今の全校生徒6000人のマンモス校では面識がない同級生がいてもおかしくはないが、60人なら見たことくらいあるはずだ。

「兄貴の学校、私も3年のときに転入したけど知らないよ?」

「いや、2年のときに親の転勤が始まって、3年の頃にはもうアメリカだったらしいね」

「……じゃあ兄貴が」

「ハル兄、わすれてるのー?」

俺の記憶に抜けがある、ってことか……?

いざ意識してみると、俺の記憶はナツが俺の家族になった頃から始まっている。

「……思い出せない」

それ以前の記憶に触ろうとすると、頭に釘でも刺されたかのような痛みが走る。

「ちょっと兄貴大丈夫? 薬飲んで」

リビングに置いてあった俺のカバンからナツが頭痛薬を出して渡してくれる。

「でもこれではっきりしたね。兄さんの頭痛の原因」

「ああ、俺の抜けている記憶でヤツと何かしらの関わりがあったんだろう。

……だが通り魔とは関係ないし、とりあえず今は置いておこう」

「でも気になるよ、私たちが来る前に兄貴が何やってたのか」

「きになるーきになるー」

「そこまではぼくじゃ調べきれないから何とかしてよ」

置いておこうっつってんのに。

「……まあ、手は打っておくから。それよりも今は犯人確保だ」

「でも、手がかりがないよ」

「こうなったら手当たり次第だな。アキ、現場に近い監視カメラをいくつか調べてくれ」

「わかった」

「で、ナツはあいつとひたすら仲良くなってくれ」

「一緒に遊べばいいの?」

「まあ、そういうことだな。親愛度を上げるんだ」

「親愛度ね! オッケー!」

ナツはなぜか恋愛シミュレーションゲームが得意だ。

「フウはー?」

「フウは俺と一緒に現場に行こう」

「ちょっと、危ないから私も行くって!」

フウが不満そうにしていたので言ってやると、ナツがすげえ顔で立ち上がった。

「絶対ダメだからね!」

「ダメっつったってお前……」

「ぜっっったいダメ! ダメ!」

これは絶対に譲らない姿勢だな……。

「わかったわかった。だが行かなきゃ調査にならないだろ」

「そうだけど、でも、んんんん」

「俺が小型カメラとマイクを持っていくから、ナツとアキはそれを使って俺の状況を確認すればいい。

何かあったらすぐにわかるだろ。アキ、ツールはあるか?」

「高性能のマイクロカメラと盗聴器とレシーバーなら4つずつあるよ」

4つずつとは用意周到だな。

「そんなに持ってるなんてアキはいやらしいなあ……ぐふふ」

汚い笑い方をするんじゃない。

「姉さんにはレシーバーは渡さないことにするよ」

大人になったなアキ……。

「ごめんごめんアキ、お詫びにお姉ちゃんの着替えとかお風呂とか盗撮していいから許して」

「それもう盗撮じゃないじゃないか!」

「盗撮だったらするみたいな言い方だねぇ~、いいよ、アキにならお姉ちゃんのエッチなひとり遊びも見せてあげるけど、どうする?」

大人になったなナツ……。

「~~~どどどうどど」

アキが真っ赤になってぶっ壊れた。

「あっ、ちなみにちゃんとオカズは兄貴の乱れた姿だから安心してね♡」

その情報は聞きたくなかった。

「ともあれこれで文句はないな、ナツ。お前の性癖に関しては言及しないでおいてやる」

「文句がないわけじゃないけど……あと私は逆に言及されたいかなーって」

やめろくねくねするな。

「それよりフウはこれでいいか? 怖かったら留守番してていいからな」

「フウはそれでいいよー。なにかあってもハル兄が守ってくれるから」

フウが一番大人だ……。

まあ相手が格闘技の経験者じゃなきゃ何とでもなるだろう。いつもナツの稽古に付き合ってボッコボコにされてるし。

「とりあえず明日の方針は決まったな、よし」

あとはこの行動が先につながるのを祈るのみだな……。

「私お風呂入ってくるね!」

しかし何か引っかかる。進んでも進んでも光が見えないような暗闇を歩いてる気分だ。

「兄貴! 私! お風呂入ってくるね!」

うるせーよ。

「ここはさっきの話のつながりでわかるでしょ! そういうことだよ!」

だよ! じゃなくてな。

「頭痛がしてきたからもう寝よう……」

悪い奴ではないんだがな……どうしてか周りを巻き込んで突っ走るところがある。

ナツは突っ走ってるしアキはぶっ壊れてるしフウはもう寝てるし俺ももう一日を終えよう。

 

4人目R1

//2日目

「お前らー飯だぞー」

朝食の支度を終えて声をかける。ナツは日課の早朝トレーニングに出ているし、アキは寝ずに引きこもってるだろうし、声をかければすぐに降りてくる。

//移動 フウ部屋

「フウ、朝だぞ起きろ」

問題はこいつである。

「んむーあと5分Zzz」

放っておくといつまでも寝てるのでフウは毎朝叩き起こしに来なければならない。

//移動 リビング

強引に布団を引っぺがして抱えてリビングまで連れていくと、未だ目の開ききっていないフウは鼻をひくひく鳴らして食事にとりかかった。

「ただいまー! あーおなかすいた、あれいいにおいご飯できてるのジャストタイミングいただきます!!」

その汗を何とかしてから来てくれ。

 

食事を終えてナツは汗を流しに、フウはテーブルでそのまままた夢の中にトリップし始めた。アキはその隣でノートPCを開いて何やら始めている。

「兄さん、昨日調子悪そうだったけど」

どうやら昨日の俺の様子をいぶかしんでいるらしい。

「ちょっと頭痛がしただけだ。風邪とかでもなさそうだし大丈夫だろ」

「……大丈夫ならいいんだけど」

納得がいかない様子だ。

アキは見たまんま理論派のタイプだから、少しでも理屈に沿わないことがあると気持ちが悪いらしい。

「昨日のあの女、なんかちょっと引っかかるんだよね」

「? 何がだ」

「いや、何が、ってのはわからないんだけど。それもあってちょっともやもやするんだよ」

始終パソコンやらスマホやらを弄りながら喋るアキが珍しく手を止めて唸っている。

「……ま、気にするな、そのうちスッキリするだろ」

一応肝に留めておこう。

「兄貴ーまだ頭痛いのー?」

脱衣所からナツの声が飛んでくる。会話が聞こえていたらしい。

「いまは大丈夫だよ。それより早くしろよ、遅れるぞ」

「はーい」

脱衣所から全裸で出てきたナツは冷蔵庫から牛乳のパックを取り出してそのまま煽る。服を着ろ。

「姉さん、女としての矜持とかはないの」

「暑いからいいでしょ、何言ってんの今更」

兄弟ってのはだいたいどこの家庭もこんなもんだと思う。

//カット

「兄さん、一応頭痛薬持っていきなよ」

「ん、サンキュ」

家を出るときに、アキが気を利かせてくれた。

「心配してくれるのは有難いがあんまり悩みすぎるなよ」

「わかってるよ。それに心配なんてしてない。

変な病気とかでぼくに感染ったら困るだけ」

可愛いやつだ。

「ま、心配すんな。なるようになるし、なるようにしかならないが、何があっても何とかなる。俺ら4人の合言葉だろ」

「……うん」

頭をぽんぽんと叩いてやると、やっと不満そうな顔をひっこめてくれた。これで安心して登校できるな。

「Zzz」

……厄介な問題が隣に転がっているのを忘れていた。

さすがに玄関先に寝るのはやめなさいフウ。

 

//移動 教室

 

「そういえばアキが気になるって言ってたあの子」

休み時間中に、ナツが振り向いて呟く。

「私もちょっと引っかかってるんだよねー」

というかお前、その言い方だとアキが彼女に好意を持ってるみたいな言い方だよな。

「ほら、私部活の助っ人とかであっちこっち行くでしょ?」

「そうだな、いつも助かってるよ」

「えへへ、ありがと。それなのにあの子は見たことないんだよね」

「そりゃ、6000人もいれば見たことない奴なんてたくさんいるだろ?」

「ううん、同学年ならみんなちゃんと覚えてるよ。ほんとはみんなと仲良くなりたいんだけど」

……大した奴だ。1学年約2000人――これは決して部活の助っ人だけで作れる人脈ではない。

授業の合間だとか、放課後だとかにも走り回って人脈を構築しているのだ。

さらに、ナツは人に気に入られる才能がある。広く人脈の根を張るだけでなく、一人一人との関係を人一倍大切にする。

あまり人と深い関係を持ちたくない俺にとっては、単なるすごいやつなのだ。

「で、ナツが覚えてないってことは、何者なんだあいつは」

「うーん……とりあえず、今日は聞き込みついでに友達と遊んでくるね。部活は休むよ」

「わかった、そっちは任せる」

まあ近いうちにまた来るって言ってたし、わざわざ走り回る必要はないけどな。

今のところ事件は起こってないし、そんなに気を張ることもないか……。

 

//移動 部室

しかし事件というものはわりとすぐに起こってしまうものである。

「……で、その依頼ってのは?」

俺は強烈な痛みに頭を押さえながら依頼主の話を待つ。

昨日部室に来た女生徒だ。相変わらずの無表情で、無駄なことは一切しゃべりそうにない雰囲気だ。

「……通り魔」

「え?」

静寂を纏った彼女の言葉は簡潔で、それ以上に物騒なものだった。

「襲われたの、わたし」

おいおいマジかよ。

「怪我はなかったのか」

「……」

首を振る彼女は、袖を捲って左肩に丁寧に巻かれた包帯を晒す。

傷の深さは見えないが、問題ないとは言えそうにない。

「病院には行ったのか?」

彼女はまた無言で首を振る。

しかしこの件は俺たちには少し荷が重過ぎる。警察に一任することを伝えると、彼女はまた首を振った。

「警察は、だめ……!」

今までと打って変わって、強めの主張を繰り返す。大事にはしたくないってことか。

「それならここで独自に調査するが、見てわかる通り警察ほどちゃんとした組織じゃない。時間かかるぞ」

しかしどうしたものか……詳しく話を聞いておくか。

そうして彼女はしばらくしてから話し始めた。

「あの……昨日、帰るときに」

何か迷っているのか、あるいは戸惑っているような話し方だが――。

「わたし、そのときに、襲われて……」

――昨日の今日で、まだ落ち着いていないのかもしれないな。

「いや、気が利かなくて悪かった。無理してしゃべらなくていい。俺はゲームでもしてるから、落ち着いたら話してくれ」

まあ、こういうのは忍耐だ。犠牲者が増える前にカタをつけたいのはやまやまだが、強引に進めて彼女に負担をかけるのもよくない。

俺がすべきなのは彼女が話しやすい環境を作ることだが――いかんせん渡世術に乏しいからな。こういうのはナツの仕事だ。

「……ゲーム、そっか」

彼女が何か呟くが、普通に対面しても聞き取りづらい声だ。小さすぎて俺の耳では聞き取れなかった。

「そういえば、名前を聞いてなかったな」

「……名前は、いい。好きなように呼んで」

何を言ってるんだこいつは。

「そりゃ困る。別に馴れ馴れしく呼ぶつもりはないから、そんなに不安がらなくていい」

「やだ。知りたいなら、自力で調べて」

何を考えているかわからないが、何か嫌われるようなことでもしたか……?

「……それより、ゲーム」

テーブルを迂回して俺の隣に座る。

……嫌われてるわけではないのか。

「わたしもやる」

俺がやろうとしたゲームを押しのけて、「星のカ○ビィ スーパーデ○ックス」を丁寧な手つきでスー○ァミに差し込んだ。

そのソフトを選ぶとは……こいつ、デキるな。

起動したゲーム画面ではピンク色の丸い物体がアクロバティックに星に乗るムービーが流れるが、俺がボタンを押すといつもの見慣れた画面――3つのデータが0%になって現れる。やっぱり消えていたか。

「相変わらず弱いバッテリーだな。一度本体から抜くと必ずと言っていいほどデータが消える」

スー○ァミというのはまだ業界の技術が発展途上の頃のゲームで、記憶媒体が非常に脆いのである。後期に開発されたソフトはまだまともなんだが。

「お前もよくやってたのか」

「……」

俺が聞くと彼女は目を少し伏せてしまう。

何か聞いてはいけないことを聞いてしまった気分だな……。

 

//カット

プレイを続けてわかったが、こいつは結構記憶力がいい。

このゲームはいくつかのゲームモードが用意されていて、そのうちの一つである「洞窟大作戦」――洞窟に隠された60個の宝物を集めながら冒険するゲームモードで、宝箱の位置とその中身をすべて覚えているようである。

もちろん俺も覚えているから、昔はそれが当然だと思っていたものだ。ナツやフウは何度やってもまるで覚えないから、普通はそうなのかもしれないな。

で、迷いなく宝箱をバンバン回収しながら機敏に動き回る俺のキャラに、ほとんどぴったり重なるように動く彼女のキャラを見て聞いてみたのである。

「やけに手際がいいな……やりこんでるなお前」

「……記憶力だけなら」

少しためらった後に呟く。

「あなたにだって負けてない」

なるほど、結構な負けず嫌いだこいつ。

「それより、その呼び方、やめて」

「呼び方……? いや、名前も聞いてないのにこれ以外何て呼べば――」

「名前、わかるまで呼ばないで。それでいいでしょ」

よくねーよ。

「……そんな関係じゃない」

何か怒ってるみたいだが、最後の呟きはゲーム音にかき消されて聞こえなかった。

「ま、いいわ。それなら俺はゆっくりお前――あーっと、名前調べて意地でも呼んでやる」

俺がゲームに集中しなおすと、隣で彼女が小さく頷いてコントローラーを軋ませた。

 

//カット

//チャイム

カ○ビィをTASもびっくりのスピードでクリアした後、彼女が選んだスーパード○キーコング2を協力プレイで3面までクリアしたところで、下校時刻のチャイムが響いた。

しかしこいつ選ぶゲームのセンスがいいな。

「もうお開きだな、帰るか」

「ん」

布団で丸まってたフウを叩き起こして背負う。

「……その子、だれ?」

「ああ、こいつは冬花、妹だ」

「妹……? 何で?」

何で、って何だよ。

「ううん、何でもない忘れて」

いまだに謎が多い奴だな。

とりあえずそのあたりも明日から調査を始めてみよう。

「……っと、そうだ、依頼だったな」

白熱していて気にしていなかったが、結構深刻な依頼だ。念密に調査して解決策を出さないとな。

「とりあえず今日はできるだけ調査しておくが……今のままじゃ正直情報不足だ。

いつでもいいから、落ち着いて話せるときになったら詳しく話してくれ。無理しなくていいからな」

まだ恐怖心が残っているだろうし、無理させてトラウマになってしまうのもよくない。

「……ん」

頷く彼女の顔は、なぜか少し懐かしい感じがした。

 

//翌日

「――というわけで、昨日も話したが今日から本格的に動き始めるぞ」

昼休み、4人で食堂に集まって食事をしながらミッション開始を宣言する。

「とりあえず、ナツはいつも通り聞き込みだな。被害者がいる時点で教師陣にも話は行ってるだろうし、他にも被害がないか調べてくれ」

「アイアイ!」

びしぃ、と音が聞こえるんじゃないかってくらい気合の入った敬礼である。

「で、フウは犯人の特定――といっても、まあ今のままじゃどこで起こった事件かもわからないからな。校外ならほぼ確保は不可能だが……」

フウを見やると、俺の心配も知らずにもそもそとハンバーグを頬張っている。

「もももー!」

お口の中をきれいにしてから喋りなさい。

「で、あとは――」

「ぼくは校内サーバで注意文でもあげとくよ。他にやることないでしょ」

向かいの席でアキがノートPCを叩きながら呟く。

アキが珍しく学校に来てるのも、本人は「外に出たい気分だったから」とか言い張っていたが、何か別の思惑がありそうだ。

「やってほしいことがないわけではないんだが……まあいいか、今はその方向で」

「この件では気になることがあるから、ぼくはそっちを調べるよ」

「……もしかして依頼人のことか」

「……気にならない方がおかしいでしょ。兄さんだってもうわかってるでしょ、あの女が近づくたびに兄さんに頭痛起こるなんて、非科学的だよ」

まあ、そこは俺が調べてもらいたかったところではあるからな。

あまり他人のプライベートを細かく調べるのは気が進まないんだが……謎があまりにも多い彼女だ、 深いところまで調べなければ俺の頭痛の種は見つからないだろう。

「あっ、そういえばあの子のことなら聞き込みで聞いてきたよ!」

カツ丼とカレーを完食してさらに牛丼まで食べ始めたナツが言う。

話によると彼女は今年度から転校してきた生徒らしい。まあ、ナツが知らない生徒の時点でうっすらとその可能性は考えていたが――。

中高一貫の学校では高校生の転入生は珍しい。中学からのコミュニティが形成されきっているから、あまり好んで編入する生徒は多くない。

「うちに入ってくるなんて、頭いいんだねあの子」

その上この学校はなかなかの高偏差値を誇っているので、編入は難関とされている。

「そういや記憶力に自信があるって言ってたな」

「兄貴とどっちがすごいのかな」

「どうかな……俺も自信はあるがあの様子だと相当自信がありそうだ」

「試してみればいーじゃん」

正直ゲームの腕で勝っていれば記憶力の良し悪しには興味がない。

「ま、機会があったらな。っと、そろそろ授業だ、解散」

今回の依頼は長期戦になりそうだな……。

 

主席R3

//カット

 

「鏡花、ひとつアドバイスをしてやろう」

「ふえっ、は、はいっ!」

「このゲーム、やってみてどう思った」

「えっと、わ、私にはむずかしいかな、と」

「そうか、もうやめるか?」

「……いえ、もうちょっとやりたいです。これで学校の皆に認められるようになるなら……」

正直、こんなことをするだけじゃ誰からも認められる人にはなれないだろうけど。

「きょーか、きらきらしてない」

フウが近くの自販機で買ってきたアイスをもぐもぐしながら言う。

「アキも、ナツ姉も、きらきらしてるよ」

「きらきら……?」

フウ語が理解できない鏡花は首をかしげている。

「部室でゲームやってたときのお前は、もっと楽しそうだったぞ。

見てみろ、アキもヘタクソなのに楽しそうだろ。

あいつは根っからのゲーマーだからな。引きこもりだがゲームを前にしたら、人の目線なんか気にしない。

お前がダメな理由はそこだ」

鏡花は眉を八の字に歪めてまた涙目になっている。

「ゲームをするためにいちばん必要なものはなんだと思う?」

「えっ? ええと、体力とか」

それはほぼこのダンエボ限定の要素だろ。

「まあ悪くない答えだが、大事なのは誰かに勝とうっていう根性だ。楽しむのも大事だがな。

お前は周りを気にしすぎて、その勝とうっていう気持ちがまったく感じられない。どんなゲームでも、他人より優れた成績は何より大事だ」

「で、でも恥ずかしいですよう」

「他人なんて気にするなよ、知らないやつに笑われるより、俺たちに笑われる方が嫌だろ?

まずはどんどん上手くなってるアキに勝たないと、あいつ根が腐ってるから影でずっとバカにされるぞ」

そう言うと鏡花の顔色がいっそう悪くなって、涙の予感が増した。

「まずは打倒アキだ。いいか、それだけ考えろ。お前が今日中にアキに勝たなかったら、俺はこの依頼捨てるぞ」

「えええっ、そそそれは困りますっ!」

「だったら死ぬ気で戦ってこい。ゲーセンは戦場だ。建物に入ったら、周り全員敵だと思え。全員ぶち負かしてやるくらいの覚悟がなかったら、ここにいる資格はない」

少し厳しくしすぎかもしれないが、これくらいはしないと前には進めないだろう。

「……兄貴、またウソ教えちゃって」

「ああいうタイプは騙しやすくて、つい、な。今はあれがいちばんベストだと思っただけだ」

「ほんとにだいじなことはー、だーれも教えてくれないんだよー」

親父がそんなこと言ってたっけな……大事なことは大事だからこそだれも口にしないものだと。

「兄貴いっつも言ってるもんね、ゲームに必要なのは金と時間だって」

「ん、まあその通りなんだけどな。あいつにとって”ゲーム”はまだ夢の世界の存在だ。

あいつが夢ん中にいるときくらい、そんなリアルな答えは隠しておきたくてな」

「甘すぎなんじゃないのー?」

ナツは不満そうである。

「……まあ実を言うと、あいつが本気を出せるなら何でもよかったんだ。ハッタリだろうが詐欺だろうがな。

走らない馬もケツに火がつきゃ嫌でもゲートから飛び出すだろ。その火をどうやって付けるか悩んでただけだ」

「ふーん。で、兄貴はあのこのお尻を眺めながら何を思いついたのかな?」

冤罪である。

「実はゲームをする上でいちばん重要なパラメータは集中力なんだ。数値化するとしたら、俺たち4人の中ではアキがずば抜けて高い。

まああいつは引きこもって同じことばっかりやってるからな、集中力が研がれるのは当然っちゃ当然だが」

鏡花と入れ替わりでアキが休憩しにこちらに合流した。

「なに、僕の話?」

「ああ、お前の集中力がすげえって話だ」

「なにそれ、意味わかんない」

また興味なさそうにそっぽを向くが、得意げな顔になってるし軽く胸も張ってるし、無意識なんだろうけどほんとにおもしろいやつだ。

「それでな、こういう初見のゲームを攻略――というか、この場合は上達だな。上達するとき、その集中力でかなり大きな差が出るんだ。

現にアキは今までほとんど触れてこなかったダンエボをものすごいスピードで会得しつつある」

今度はつとめて顔に出さないようにしているようだが、こいつ照れてんな、わかりやすい。

「Zzzzz」

「じゃあ、集中力ない鏡花ちゃんはどうするの?」

長話に飽きてナツの膝まくらで寝てしまったフウを撫でながら言う。

「逆だよ」

「え?」

「集中力だけで言ったら、あいつはアキよりも――いや、下手したら、親父よりもあるかもしれない」

「……あんな間の抜けたやつがぼくより上なんて、うそでしょ」

「いくら兄貴でも、あんまり信じられないよ。ほんとに?」

「まあ、見てりゃわかるさ。俺の目は間違っちゃいない――」

「ひゃああ」

言ったそばからこけてやがる。

「――はずだ。……たぶん」

本当かなあ……。

「だいじょーぶだよー」

フウがニコニコしながらつぶやく。

「きょーかは、だいじょーぶ。とってもきらきらしてる。かっこいー」

まあ、俺の目よりもフウの目の方が間違いはないだろう。なにせひとの才能がそのままの意味で「見えて」いるからな。

「ま、しばらく俺らは別のところで遊んでるか」

「え、ほっといていいの?」

「大丈夫だよ、見てみろ。もう俺らのことなんか見えてない」

部室で見た完全な集中モードに入っているらしく、もはや周りなど見えていないようだ。

「お前らもダンエボだけじゃ飽きるだろ、ガンストでもするか」

ちょうど4人でできるゲーム、ガンス○ンガー・ストラトスの筐体に向かう。

このゲームは熱狂的なプレイヤーを産み、TVアニメ化までしたオンライン対戦ゲームだ。

「4人でやるのも久々だねー」

当時は60インチの大型プラズマディスプレイに赤外線センサー10基、合体可能な2丁のガンデバイス、さらに高性能システム基板のパワーで圧倒的グラフィックを実現した、超リッチでハイスペックなゲームだったという。

ブーム最盛期に学生だった親父も結構なヘビープレイヤーだったらしい。

「久々だなあ、エイム腐ってるだろうけどいい?」

「フウもやるー!」

久しぶりにやるか。

 

//カット

 

「しまった」

「ちょっと兄貴ぼーっとしないで負けちゃう!敵見て!援護!」

「兄さんひとりそっち行ったよ捌いて!」

「ハル兄頭出さないで狙われてる」

いかん、一瞬意識を逸らしたせいで負けそうになってやがる。

「そいつ倒して勝ちだ、何秒耐えれば刺せる?」

「4秒!高火力武器で3人いっぺんに1発当てれば終わり!」

宣言通りぴったり4秒後には、3人の攻撃が相手キャラにヒットして勝利した。

「もー兄貴なにしてんの! 20連勝が止まるとこだったじゃん!」

実際今のはあと1秒遅かったら終わってた。

「すまんな、ちょっと忘れてたことを思い出して」

「晩ごはんの食材でも買い忘れたの」

「まあそれもある」

ナツとフウが形容しがたい顔で睨んでくる。

「いやな、鏡花ほっときっぱなしだと思って」

「「「あ」」」

 

主席R2

//翌日 3日目

//部室

「お願いします!」

テーブルを挟んで鏡花が頭を下げる。

「……なるほど、依頼内容はわかった」

昨日依頼を忘れたまま帰ってしまった鏡花だが、放課後部室にやってきて真っ赤な顔で依頼内容を話し始めたのである。

「まあ生徒会役員に選ばれるのは当然だが、断ってしまえばよかったんじゃないか」

学年主席の鏡花は生徒会役員に選抜されたらしいのだが、見ての通り6000人の生徒の上に立てるような性格ではない。

何とかして全生徒に認められるような人間になりたい、というのが彼女の依頼だ。

「こ、断るなんてできないですよう……」

そしてこういう性格のせいでさらに面倒に拍車が掛かっているらしい。

「それで具体的にはどうすりゃいいんだ」

依頼があまりにも抽象的すぎてどうしようもないな……。

「えと……あの……」

言葉に詰まる鏡花だが、なるほどこういうところから変えていく必要があるな。

しかし性格ってのはそうそう変えられるものではない。どうしたものか……。

「……お前ら何か案あるか」

久々の難題に困った俺は妹たちに丸投げすることにした。

とりあえず鏡花の丸っこい目がきらきらとゲームに熱い眼差しを送っていたのでゲームをさせながら……。

「めんどくさい依頼だねこれ」

フウの布団を引っペがしながらナツが言う。

しかし依頼は完遂が絶対だ。報酬を貰って依頼を受けたからには、依頼主が満足するまで、東京湾のゴミ掃除でも何でもするのが俺たちの仕事だ。

「フウも何かいいアイディアないか」

「んー、んー、じゃあー、みんなでゲームしよー」

だめだこいつまだ寝てやがる。

ふと鏡花を見てみると、さっき俺が起動してやった怒首領蜂を無心でプレイしていた。

こいつ、1日でまた成長してやがるな……。しかももうゲームに入り込んでこっちの声は聞こえていないようだ。

……ゲームか。

「? 何か思いついたの?」

「なんでだ」

「何かへんな顔してる。兄貴って表情に出るからすぐわかるんだよね」

「ハル兄、かっこいい顔だよー」

妹たちにはバレバレのようだ。しかしこれじゃ道理でこいつらとの麻雀では勝てないわけだ。

「ま、いい案が浮かんだのは本当だ。行くぞ」

ついでにアキも呼んでおくか。

「えっ、どこ行くの?」

「ゲーセンだよ。フウ、グッドアイディアだ」

「???」

 

//移動 ゲーセン

アキと合流して鏡花に紹介したあと、いつものゲーセンに到着した。

「それで、どうするの」

「鏡花の性格は根本から治すことはできないからな、別の方向から変えていくしかない」

俺が向かった先は「DDE」――本格的なダンスシミュレーションゲームの筐体だ。

「このゲームはとにかく人に見られる。上手ければなおさらな。

鏡花にはこのゲームをひたすらやりこんで、“人に見られる“ことに慣れてもらう」

「ダンエボなら私がお手本見せてあげる!」

この手のゲームが得意なナツが筐体に飛びついてプレイし始めると、少しずつ人だかりができ始める。

やはり運動神経は4人の中でダントツだからな……見ていて気持ちがいい。

「なんで僕たちは呼ばれたの」

アキが携帯端末をいじりながらつまらなそうに呟く。

「たまには外出て4人で遊ぶのも悪くないだろ。鏡花が慣れるまでは俺たちも暇だし」

それに引きこもったままにさせるとな、出番がないんだわ。

「それに素直に出てきたってことはまんざら嫌でもないんだろ」

「ふん、どーかな。僕は音ゲーやってるから」

アキはぷいっと踵を返して行ってしまった。

「……マジアカでもやるか」

残ったフウを連れて、すぐそばにあったクイズゲーム「クイズマ○ックアカデミー」の筐体に座る。

まあここなら鏡花の様子も見れるし――。

「あわわわわ」

――ものすごいヘタクソだ。

下手過ぎて逆にギャラリーが集まってきてるぞ。

「もっとこう! こう!」

ナツの教え方も雑だ。こいつ教える気あんのか。

見られてる緊張で鏡花もすでに涙目になってやがる。

仕方ない……。

「フウ、一緒にやってくれるか」

ナツが一緒にやると上手すぎでやりづらいだろうから、あまり体を動かしたがらないフウと一緒にやれば、少しは体も動くだろう。

……と思ったら。

「フウお前、意外と上手いのな……」

ことのほか普通にプレイして普通に平均以上のスコアを叩き出してしまったので、作戦断念。

「かんたんー」

まあフウは俺ほどじゃないが記憶力も良いし、普段動こうとしないだけで運動神経はわりとあるのかもしれないな。

「アキにやらせるか……」

そうしてアキを引っ張って半ば強引にやらせると、今度は同じようなヘタクソが2人並んで怪しげな踊りを披露することになった。

「兄さん、なんで僕がこんなこと! キツいんだけど!」

1曲しかやってないのに肩で息をするアキは汗だくになりながらも必死でやってくれている。

一応ゲーマーとしてのプライドをガソリンにして動いているようだ。

「アキーがんばれー応援してるよー」

フウの間抜けな声に押されてもう一曲やると、まあさすがゲーマー一家の血筋、さっきよりも上手くスコアを稼げている。

「はわっ、はわわわ」

一方の鏡花は、まあまったくとは言わないがなかなか成長の兆しが見えない。

というのも、やはり他人の目が気になるようだ。知らない人が視界に入ったりするたびに肩を縮こまらせて動きが鈍る。

「進歩しないね!」

ナツはなぜか嬉しそうだ。

「……」

さてどうしたものか……。

主席R1

//主席ルート

//未調整多し。通し後推敲予定

//一週間後

「ふあ……暇だな」

新作の携帯ゲーム機を揺らしながら呟いてみるが、静けさが破られることはなかった。

この学校にはグラウンドが複数あり、サッカーコートやテニスコート、専用の球場まで備わっていて、窓の外では部活に励む生徒の汗が煌めいて見える。

暁色に染まる部室の中にはその爽やかな叫び声が春風とともに前髪を揺らす。ナツが激しく操作するスー○ァミのコントローラーが軋む音、フウの小さな寝息まで聞こえてくる。

「暇だねー、依頼も来ないし」

ディスプレイの中ではガ○ルが奇声を発しながら衝撃波を飛ばしまくっている。

うむ、何の変哲もない学生らしい昼下がりである。

「ファネッフー!」

しかし何度聞いてもファネッフーには聞こえない。スト2屈指の謎である。

というかお前その戦い方嫌われるぞ。

//ノック

「お、依頼か」

//ドア開

俺がドアを開けると、そこにいたのは小柄な女生徒だった。

「あ、あのすみません!」

「あ、お前昨日の」

入学式の前に校門で会った1年生だ。

「学年主席がこんなとこに何の用だ?」

「あううすみません……」

聞き方が悪かったのか、後ずさって申し訳なさそうにしている。

「いやすまん怒ってるわけじゃない、とりあえず入ってくれ」

「は、はい、すみません」

子リスみたいにビクビクしながら部室に入ってくる。

ナツは給湯室に引っ込んでお茶を用意して出てきた。

「ごめんね、うちの兄貴こわい顔で」

生まれつきだ。

「それで、なにか困り事でもあるのか?」

「は、はい……あの実は――」

「兄貴、その前にこの子誰なの? さっき知り合いみたいなこと言ってたよね」

「ああそうだったな、昨日ちょっと校門で会っただけなんだが」

そういや名前も聞いてなかったな……。

「俺は春賀、でこいつは妹の夏樹だ。そっちで寝てる毛虫が妹の冬花」

「わ、わたしは鏡花といいます」

なんだか緊張しているようで、中学1年の英語の教科書みたいな文が出てきた。

「あの、困ったことがあったらここにくるといいって先生に言われて」

基本的に教師には良く思われていないのだが、一部の人にはちゃんと恩を売ってあるので、こうして生徒に広まっていることがある。

まあこれはあちこちに人脈を作っているナツの尽力が強い。

「依頼か」

思わず口元を歪めると、鏡花の喉から引きつった音が聞こえた。

「すまんな、依頼になると変なスイッチが入るんだ」

「ワルそうな顔してるでしょ。ごめんねただでさえこわい顔なのに」

俺の顔の話をするな。

「お前は黙ってゲームでもしてろ」

ぷりぷり文句を言いながらスト2を再開するナツ。

「? なにやってるんですか?」

「スト2見るのは初めてか」

「え? えと、はい」

やはり同世代じゃスーファミなんて知らないのかもしれないな。

「やってみるか?」

もはや太古の遺産と呼ぶに等しい存在……その偉大なるオーパーツの片鱗を体験すれば、こいつもおおいに感動するに違いない。

「??? えっ、なんですかこれ」

ナツが軋ませるコントローラーを困惑して見つめている。

なんか違和感のある反応だが……まさか。

「お前もしかしてゲームやったことないのか」

「ゲーム……中学のとき部活で――」

本来の意味での英単語しか知識にないらしい。

まさかゲームを知らないやつがいるとは。

「間違いなく人生損してるね!」

そういう言い方は好きではないのだがまったくもって同意見である。

鏡花は初めて見るゲームに目を輝かせている。

「……初心者にいきなり格ゲーはハードルが高いな」

ゲームに触れたことがないやつに高難易度の作品を触らせるのはゲーマーとして恥である。

ここは初心者に優しい……かつ、短時間で良さが理解できるような、直感的な操作で楽しめるゲーム――スクロール系のシューティングなんかいいかもな。

「じゃあこれとかいいんじゃない、ほら」

そう言ってナツがプレイ○テーションにディスクをぶち込んで起動する。

「な、なんですかこの音……」

この起動音がトラウマになったプレイヤーも少なくはないだろう。かくいう俺もその内のひとりである。

ビュゥゥゥンボォォンと懐かしくもおどろおどろしい音を吐き出しながらPSのロゴが浮き出る。キ○タマが縮み上がりそうだ。

そのサウンドにトラウマを抉られながら、同じように青い顔で眉を八の字にしている鏡花の目の前に吐き出されたそのタイトルは――。

「ど、○首領蜂……!」

ナツが選んだゲームはあろうことか、怒○領蜂――縦スクロールシューティング史上最も鬼畜とされる首○蜂シリーズ2作目。

「くふふ、死ぬがよい

ナツがにやりと笑みをこぼすが、その顔は紛れもなく悪役のそれだった。俺もいつもこんな顔してんのか……。

止める間もなく鏡花にコントローラーを握らせるナツ。

これはアカン……朝青龍白鵬の試合にカブトムシが乱入してるようなものだ、土俵が違いすぎる。

俺の不安をよそに横綱(ザコ敵)の群れに突撃していくカブトムシ(自機)。

「お……? おお……!?」

ところが鏡花の繰る機体は横から上からやってくる無数の敵機と弾幕をひらりひらりとかわしている。

予想外の展開だ……こいつ未プレイじゃないのか?

「あの、この飛んでくる丸いのはかわしていいんですよね……?」

「ええ、はい大丈夫です……」

俺もナツも唖然としたままなぜか敬語で答えてしまう。

「ナツ、これ2週目で始めてるよな……?」

「見ればわかるでしょ、1週目こんなに弾幕厚くないよ……」

怒首領蜂は特定の条件でクリアすると超高難易度の2週目が解放される。そのデータを使用したプレイのはずだが、鏡花はミスすることなくステージ1をクリアしてしまった。

初見でクリアできるもんなのか……。

関心して見ていると案の定ステージ2で見事に爆死した。

「おもしろいですね、これ!」

弾幕シューティングを謳うこのゲーム、初心者ではノーミスは間違いなく不可能である。

こいつ天才か……!

「でもちょっと難しいです、これ、もう終わっちゃったんですよね?」

鏡花が落ち込みながら言う。

「お前ほんとにゲームやったことないのか」

「え? はい、えっと、たぶん」

首を傾げながら鏡花が言う。

「じょうずな人はもっとすごいんですよね! わたしもっとやりたいです!」

目を輝かせながらそんなことまで言い出す始末である。

期待の眼差しで俺を見つめてくるものだから、仕方なくコントローラーを握ってプレイし始めた。

久しぶりのプレイだが、クリアするだけならまあ楽だろう。

ラスボスの緋蜂を1ミスでクリアすると、隣でまじまじと見ていた鏡花が声を上げる。

「すごい、すごいです! わあ、春賀先輩、わたしにも教えてください!」

このはしゃぎよう、ヒーローを見つけた子供のようである。

しかしまわりにイカれたゲーマーばかりのこの人生、こうして慕われるのもなかなかいい気分だ。

「いいだろう、お前はなかなかセンスがあるみたいだからな、いろいろ教えてやる」

ぱああと目を輝かせる鏡花。不良児の俺の目には毒な光だ。

「他にはどんなゲームがあるんですか、あっなんですかこれこんなのもあるんですか」

彼女のステータスは好奇心に全振りされているらしい。

「それはあの有名なネズミ2人が冒険するマジカルアドベンチャーというゲームだが詳しくは話せない」

世界には伏字にしても隠しきれない危険なワードが存在するんだ、ハハッ。

詳しくはあとで個人用デバイスで調べてもらおう。

「こういう協力プレイができるゲームなら簡単だな」

と思ったので、K○NAMIの名シリーズ「がんばれゴ○モン きらきら道中」をチョイス。

もはや目を瞑ってもクリアできるほどやりこんだゲームだ。

 

//カット チャイム

「いかん、もうこんな時間か……」

夢中になっていたせいで完全下校時刻になってしまった。

「も、もうこんな時間! あわわ帰らないと」

眉を八の字にして跳ね上がった鏡花は、カバンをひったくるとぐるんと振り向いた。

「あのっありがとうございましたっ! 春賀先輩またいろいろ教えてくださいっ! 失礼します!」

ふかぶか~と頭を下げると、ばたばたと音を立てて走り去っていった。

「走るの遅いね!」

頭に青筋を浮かべたナツが廊下に顔を出して言う。なんでお前怒ってんの。

「怒ってないよ~? ほんの数時間放っておかれたくらいじゃ怒らないよ~私は!」

どうやらひとりで寂しかったようだ。

同じ家に猫が2匹いると、構ってもらえない方は家出してしまうという。猫も女も嫉妬深い生き物だ。

「いいもん私はフウといっしょに寝てるから! 兄貴なんかひとりでマ○オパーティでもしてれば!」

ジェラシーの塊がフウの布団にもそもそと潜り込んでいく。下校だっつの。

ナツが本気で怒っているので仕方なくニン○ンドー64にマ○オパーティ3をぶっ刺して起動してやった。

「マー○オパーティースリィーハッハッハァー!」

キャラクターたちが叫ぶタイトル画面に紛れて、スピーカーと真逆の方向から声が飛んできた。

「よし、帰るか」

満足した俺は電源を切って部室を出る準備をする。

「ちゃんと私とも遊んでよ!」

「いつも遊んでやってるだろ、客がいるときくらい我慢しろよ」

ぷりぷり怒って俺の腕をぶんぶん殴ってくるものだから右腕だけ腫れ上がりそうだ。

……あれ?

「そういやあいつ何しに来たんだ」

何か依頼があったようにも見えるがゲームやって帰っちまったな。

「まあ明日また来るだろうし帰るか」

「兄貴、明日は部活休みにしよ!」

しません。

 

ゲー廃 雨音R5

              //別日 7日目

              //ゲーセン

雨音が格ゲー島を荒らしまくっている。

ゲーセンに着いたとたん、散歩に出た犬みたいにはしゃぎ始めたものだから、手の付けようがなかった。

「へへー、やっぱあたしは最強だ!」

とりどりの格ゲーが並んだ島を端から20連勝ずつして次の格ゲーに移動している。

格ゲーマーたちは強敵を前に鼻息荒く雨音に挑んでいる。

まるで敵将を射んとする武将のようである。

「見てろ、春賀! この勢いで100連勝するからな!」

久々に思いっきりゲームができて楽しそうだ。目がぎらついている。

「格ゲーもいいが、雨音、他のゲームはやらないのか」

格ゲーはあまり得意ではないから、雨音のプレイ――まあ一方的な虐待みたいなものだったが――を見ていたのだが。

「んー、そうだな。4台目も20勝したし、いっかい別のとこ行こう!」

キリの良さそうなタイミングを狙って声をかけてみると、立ち上がって雨音が言う。

「なあ、春賀の得意なゲームやってよ」

「得意なゲームか、そうだな――」

適当にぶらつきながら物色する。

「まあこの辺とかは鉄板だな」

俺が指し示したのは、クイズ○ジックアカデミー。

ギネスに認定されて長い間親しまれてきたクイズゲームである。

問題数は伸びに伸びて現在30万問あるという。

マジアカかー、あたしはあんまりやらないなあ。

あたしはもっとドカーンとぶわーってなるゲームがいい!」

イメージ通りである。

「春賀、やって!」

滅多に触らないゲームを前に目を輝かせている。

2人掛けの椅子に座ると、雨音の肩が触れる。

「あ――」

喧騒にかき消されそうな声が雨音の口から漏れる。

見るとやはり真っ赤になっていた。

「……は、春賀っ、は」

雨音の体温が触れた部分から伝わってくる。

「きゅ、休憩っ、しようっ! なっ、はる、はりゅりゅ」

テンパりすぎだろ……。

              //移動 屋上とか人気のないところがいいかも

              //背景データを削るために進行を変える可能性薇レ

「近くにいるとダメなんだな」

ゲーセンの屋上に移動して俺が言うと、雨音は珍しい顔で笑う。

「はは、何なのかな。わかんないや」

自嘲気味に言う雨音は、少し戸惑っているように見える。

「あんたといると、わかんないんだよ。

ほんとに、何がなんだか、わからなくなる」

困惑したまま、雨音が熱を吐き出す。

「近くにいると、顔が熱くなる。ざわざわする。

あたしの知らないことが、頭の中でぐちゃぐちゃになる。

真っ白になって、なにも考えられなくなるんだ。

胸が痛くなって、息ができなくなって、苦しくなる」

迷いながら、雨音は言葉を探していた。

「でも、嫌じゃないんだ」

雨音は潤んだ瞳で俺を見つめる。

「なあ春賀、あたしどうしちゃったんだろう。

ゲームしすぎて、頭おかしくなっちゃったのかな、はは」

不安に押しつぶされないように、両手で顔を覆う。

「雨音、俺も――」

雨音に近づいて言葉を探す。

「俺も、雨音と同じだよ」

顔を上げた雨音の目は濡れていた。

俺も同じ気持ちだよ。お前の言葉が胸に刺さる度に、胃の奥が熱くなる。

俺に張り合うお前の横顔が、コントローラーを握る手を震わせる。

「――」

言葉は喉の奥に詰まって、音にはならなかった。

「……あたしは」

それでも伝わることはあるのだろう。雨音はすべて悟ったような顔をしていた。

「あたしは、春賀のそばにいたい。一緒にゲームしたい。名前を呼んでほしい。……頭も、撫でてほしい。

あたしが知らないゲームも、春賀に勝てなかったゲームも、ぜんぶ、ぜんぶ教えてほしい」

まだ迷いのある自分に言い聞かせるように、雨音はゆっくりと言葉を並べた。

「ぜんぶ、教えてやるよ。勉強も、ゲームも、雨音の知らないこと、ぜんぶ」

やっと素直に口から出た言葉は拙いものだったが、それでも雨音に響いたようで。

「うん、うん……! 春賀、春賀っ! あたし――」

瞳の雫が風に揺られてこぼれ落ちるが、雨音は冬の日だまりのような笑顔を咲かせた。

 

              //移動 ゲーセン

「ああ、いたいたさっきの女の子!」

ゲーセンに戻ると、目をぎらつかせたオッサン達が雨音に駆け寄ってきた。

「みんな君に負けすぎてリベンジしたがってるから、戻ってきてくれないかな」

どうやらさっきボコボコにされてみんな悔しいようである。

格ゲー島はぶっ○すとか○ねとか酷い叫び声が絶えない。血の気が多い連中だ。

昔の格ゲーブームもこんな感じだったと親父が言っていたな……リアルファイトが絶えない世界だったとか。

「あんたたちじゃ相手にならないって!

……まあでも、相手してやるか、仕方ないなあ」

ウキウキしながら雨音がオッサンについていく。この光景だけ見ると社会的に危ない図である。

「春賀、もうすぐて100連勝だ、見てろ!」

「カレシの兄ちゃんはやんねえのか?」

「かかかかっかか……!」

オッサンの無遠慮な言葉で雨音が壊れた。

「俺はあんまり格ゲーは得意じゃないんでね。他のゲームなら誰にも負けないんですけど」

俺が口の橋を歪めて言うと、オッサンはぎらついた目を俺に向ける。

「ほー、若造が粋がりやがって。おもしれえ奴だ。

こっちが終わったら相手してもらおうかね」

俺と同じようににやりと笑うオッサンは、徴兵され戦場に向かう父親のような頼もしい後ろ姿だった。

向かう先はまさに戦場そのものだ。格ゲー筐体――件のスト2の灰色に汚れた筐体に向かっていった。

そしてまもなく、ボコボコにされて帰ってきた。

「ダメだこりゃ、兄ちゃんのカノジョどうなってんだ」

オッサンを軽くのして雨音はすでにトータル86連勝を飾っている。

「兄ちゃんあのコに勝てんのか」

「どうですかね、やってみないと」

「したら、兄ちゃんも男だろうが、黙って座ってレバー握れ! 男は拳いやボタンで語れ! それがゲーマーの生き様だ!」

オッサンからありがたい名言を頂いたが、あまり従いたくないものである。

雨音が99連勝目をあげるのは遅くなかった。

「記念すべき100勝目の相手は誰だー?」

雨音は誰でも来いという顔で周りを見渡すが、さすがに3桁の大台を前にして怖気づいているようだ。

「ちょうどいい、兄ちゃん行け」

オッサンに背中をぶん殴られて、一歩前に出る。

「春賀……あんたがこの100戦目の相手になるなんてな」

「奇しくも、な。格ゲーじゃお前にはまだ勝ててないからな、リベンジマッチにはぴったりだろう」

勝負のテーブルに着きながら言う。

「俺もお前との勝負以来、格ゲーも鍛えてきた。悪いがお前の連勝、2桁で止めさせてもらう」

「何やったって、格ゲーじゃあたしには勝てないよ。

格ゲー以外じゃ勝てないんだ、せめて格ゲーは……あんたには負けない」

雨音の目が燃える。

ここの連中はみんなこうなのだ。勝ちに貪欲で、ひりつく勝負を求め、誰よりも上に行こうとする。

そのまっすぐな意志が目の光に宿っている。

皺だらけの服のオッサンだろうが、営業の合間に寄ったスーツ姿の新人社員だろうが、関係ない。

誰もが、戦場に立つ戦人そのものだ。

「いくぞ雨音。今度は小細工なしだ。

イカサマも、仕込みもない。正真正銘の、戦だ」

「こい、春賀! ……そ、その顔はやめろっ!」

戦闘態勢に入ったせいで、また無意識に悪人顔が出ていたらしい。

「癖だ、見とれて負けても文句言うなよ!」

俺が軽口を叩くと、雨音は真っ赤になりながらも目を吊り上げて画面を睨む。

歓声とともに勝負が始まる。

苦手な格ゲーだろうが、ゲームであることには変わりない。全力で挑む他に、選択肢などない。

なぜなら俺たちは血を求める獣のような存在だ。敵を見たら噛みつかなければ、本能が疼いて止められない。

これだ、この強敵に向かう、ひりつく空気。自然と口端がつり上がる。

いつも心に留めていた親父の言葉が脳内に流れる。

「どんなゲームでも本気で挑め――」

口をついてその言葉が出る。

「ゲームは、遊びじゃねえ――!」

 

              //ED

              //後日要所調整する方向で